第二話 何かは何かの代わりになることができるのですか?




その夜、アスランは近くにある家をすべて回っていた。
僕もじっとなんてしていられなくてアスランと行動を共にした。
だけど、怪我をしている女の子を保護したという家はなかった。

「・・・アスラン・・・一度戻ろう・・・」
陽が上がり、辺りを明るく染めていく。
これだけ探してもいないのだ、動くより情報を募った方が効率がいい。
だけど、アスランの気持ちも分かる。
じっとしている間に何かあったら自分を責めても責めきれないだろう。

キラは何の返事もしないアスランを見てそう思った。

「・・カガリ・・・」
何度も呟かれたカガリの名前。
それを聞くたびに胸が張り裂けそうになる。
そして気づくとあの草むらに戻ってきていた。

明るさを取り戻した地はカガリの痕跡をはっきりと伝えていた。
「・・・・・・」
カガリがもっていただろう花が散らばるようにしてそこにある。
たくさんの花の半分は赤く血に濡れられていた。
アスランはそこに目を向けない。
いや、向けられない。

カガリ・・・そんな・・カガリが・・
だが、心の中は恐怖心で覆われ悲鳴を上げていた。




「あー雨やんだな・・・」
少年は窓から外を見、そう言った。
「今日からオープンだ。ちゃんとしろよ」
「分かってるよ。それよりさ」
少年はぴょんと飛んで金色の髪を揺らす青年の元に行った。
「レイ、昨日のはなかなかだろ?上手い具合に居合わせてさ」
「・・・まぁまぁのできだな・・・だがここで売るのはやめた方がいい」
「なんで?」
「似すぎてる。気に入ったのか?シン」
レイは含み笑いを漏らす。
「なっっんなわけないだろ!!」
シンは顔を真っ赤にすると傍にあった扉に入っていく。
そこには可愛らしく飾られた可愛らしい人形があった。
金色の髪に琥珀の瞳。
「そっくりに作っただけだろ・・・」
シンはその人形を手にするとレイの元へ行く。

「魂、定着させないのか?」
「悪いな。今修理中なんだ」
「へ?」
「そろそろ生気をもらわないといけない時期だからな・・」
「ああ・・」
シンはそれで理解したのかなんだと人形を窓の隅に置く。
ことんと壁にもたれるようにして人形は外の景色を見るように首をかしげた。。
レイはちらりとそれを見るが、何も言わなかった。

「さぁ・・そろそろ開店だ」
レイはそう言うと扉に掛かった札を『OPEN』にした。




真っ暗だ・・・どうしてこんなに暗いんだ・・?
前にもこんなことがあったな・・・あの時は店を失って・・・どうすればいいのか分からなかった。

「どうしたんだお前・・?」
誰かがそう言って話しかけてきたが俺はもう・・どうでもよかった。
身内も何もない俺には帰る場所なんてない。
帰る場所は唯一の夢だった自分の店・・・
細かい作業が好きだった俺は小さいながら時計店を営んでいた。
時計の音は不思議で心が落ち着く。
「心臓の音を奏でてるんだ・・ほら、アスランと私の音・・重なってるだろ・・」
そういったのは誰だったっけ・・?
すごく大事で、俺が初めて守りたいと思った女。

「お前が笑ってくれること、それが私の望みだ」
そうだ・・彼女は

「カガリ!!!!!」
アスランは叫ぶようにしてその名を呼んだ。
「・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
呼吸が止まりそうだ。
アスランは呼吸を落ち着けるように息を吸うと辺りを見回す。

「ここは・・・」
薄暗い寝室、そこで自分は眠っていたのだ。
あれは夢だったのか?
カガリがいなくて・・探し回って・・・
そうだ夢だ・・・
アスランは流れる汗を指で拭う。
だがどうしてか胸の鼓動が収まらない。

「・・アスラン起きました?」
扉が開きなぜかラクスが入ってくる。
そしてそのとき初めてここが自分の家でないことに気づいた。

「・・・・・カガリ・・は・・・?」
無意識にその名が口を出る。
ぞっとした。あれは夢なんかじゃなかったんだ・・。
ラクスの強張った表情、それがすべてを物語っていた。

「・・・・1つだけ・・情報がありました・・・」
「なんだ!?」
アスランは飛びつくようにしてラクスの腕を掴む。
「決して・・いい情報ではないことを踏まえて聞いて下さい」
聞きたくない。それが本心だったが避けて通れる問題ではなかった。

「昨日の夜、酒屋で話を聞いた人がいました。話していたのは店を乗っ取ろうとしているグループの1人。
その人はミリィさんの店も狙っていたらしいのですが・・・」
ラクスが言葉に詰まる。
ここからが大事な、重要なことなのだろう。そう感じ取ったアスランはごくんと喉を鳴らした。

「その人はこう言っていたらしいのです。「これであの花屋も店を渡すことを決意するだろう。娘のようになりたくはないだろうからな」・・と・・」
娘のように・・ミリィのことか?
ミリィは昨日会った・・だが別に変わった様子は・・
そこまで考え、ある答えにたどり着いた。

カガリは、ミリィの代わりに花を取りに行ったのだ!
もしそいつがミリィの顔を知らず、行く道、時間などだけを知っていたとしたら?
それにカガリは花を抱えていた。
みればそれが何の為の花か分かるはずだ!!
アスランの表情がどんどん真っ青に変わっていく。

「娘のようにって・・・・カガリの・・ように・・」
「はい・・そうだと思います」
奴はカガリに何をしたというんだ?
それは自分が一番よく分かっていた。真っ赤に染まった花たち、あれはカガリの血だ。
「でも1つ分からないことがあるのです」
「・・・・・・」
アスランは頭を抱え、何も発することができなかった。
「なぜカガリさんを隠す必要があるのか・・・」
「・・・隠す?」
「見せしめなら隠す必要などないでしょう。見つけてもらうことが大事ですのに・・・」

「何を見つけてもらうって言うんだ・・・カガリの死体とでも言うんじゃないだろうな・・」
アスランは顔だけを上げラクスを見ると皮肉を込めて笑う。
のっとり屋がどれだけ残酷な奴らか身をもって知っている。
カガリがあんな奴らに・・・っっ
「・・いえ・・そんなことは・・・ですが、カガリさんは事実いなかったのです」
「だから誰かが助けてくれたんだ!!!カガリを見つけてくれたんだ!!!」
アスランは鋭い眼光をラクスに向ける。
「・・はやく探してあげないと・・・」
アスランはぐら付く体を抑え、立ち上がる。
「無理ですわアスランッあんな雨の中走り回っていたのですからあなただって熱が・・」
「うるさい!」
パシンと、ラクスが差し出した手を跳ね除ける。
「カガリは生きてるんだ!早く・・・・」
扉の向かおうとしたアスランの前に立ちはだかったのはキラ。
アスランはキラをも睨むと出て行こうとする。

「警察の人も来てるから・・下手に動いたら邪魔になるだけだよ」
「他人なんか信用できるか」
アスランはキラの肩にふれ、そのまま通り過ぎる。
「・・・雨を除いてもあの出血量だと・・・」
「お前まで何を言うんだ!!!カガリが死んでいるといいたいのか!?」
カッとした頭でアスランはキラに掴みかかる。
「現実を見ろって言ってるんだ!!!僕だってカガリが生きてると信じたいよ!!だけど、冷静になって考えないと」
「うるさい!!!!」
「うっ」
キラは体を壁に叩きつけられ、苦痛の声を出す。
次に顔を上げたときにはアスランの姿はなかった。

「・・僕だって思いたくないよ・・だけど・・」
いつもアスランの傍にいたカガリ、アスランが遅くなるときは店に来ることもよくあった・・そんなカガリがこんな時間まで
連絡をしてこないなんて・・・何かあったとしか考えられない・・・
「・・キラ・・・」
ラクスは屈み、キラの肩に手を添える。
「信じて探す、それしか私たちにできることはありませんわ」
「・・そうだね・・・」
そんなことしかできない・・・。




カガリが死んだ?
そんなことあるわけないじゃないか!
カガリの死体は見つかっていないんだ!!
誰かが必ず・・・
ふっとアスランの足が止まる。
この辺りにある家はすべて探した。どこへ向かえばいい?
そんなことが頭を巡る。
「っ・・・生きてるんだ・・・っ」
『あの出血量だと・・・』
「うるさい・・・」
『僕だってカガリが生きてると信じたいよ!!』
「だまれ・・・」
『冷静になって考えないと』
「うるさい!!!!」
アスランは何も聞きたくないと両耳を手で押さえる。

カツン・・・
その音が聞こえ、アスランは顔を上げる。
「アスラン・ザラ様ですか?」
その人物は警察官のようだった。
「・・・はい・・・」
人は大切なものを失うと、後悔で頭がいっぱいになる。 毎日を幸せに生きてきたはずなのに、2人で楽しく過ごしていたはずなのに、それを失ったとき、
その想い出は消え失せ後悔ばかりが心の中で渦巻く。
あの時こうしていれば・・・今更そんなことを思っても仕方ないことは分かってる。
どんなことをしても戻ってこないことは分かってる。
だが思わずにはいられない・・・・

「残念ですが、奥様が見つかりました」


ああ・・・

アスランは頭の中が真っ暗になった。
あの時見た光は消え失せ、何も見えない。
店を失ったとき、こんなに辛いことはもう一生経験しないだろうと思った。
だが、それは嘘だった。
涙も出ない。
俺は生きているのだろうか?
体中の血が抜かれ、熱が奪われ、何も感じない。
俺はこんな思いをするために生きてきたわけじゃない・・・・




連れてこられたのは薄暗い一室。

これがカガリ?
その部屋の中でカガリは眠っているようだった。
白いシーツを掛けられ横たわっている。
「・・・うっ・・・」
後ろからラクスの嗚咽が聞こえる。
アスランは無意識にカガリに近づきそっと髪に触れる。
そのまま頬に触れ、その冷たさに体が凍った。


「・・どうして・・・こんなところに・・いるんだ・・?」
そうだ。
こんな薄暗い部屋カガリには似合わない。
カガリには明るくて、陽の光がたくさん入ってくるような部屋が似合ってる。
俺たちの家だってそう思って選んだんだ。

「帰ろう?カガリ」
アスランはカガリの体にそっと手を掛ける。
「アスラン・・?」
キラはアスランの不思議な行動に思わず声を上げた。

「こんな暗いところで寝てたらいつまでたっても起きないだろ?カガリは朝の光でいつも目覚めるんだ・・」
そしてアスランはカガリの体を持ち上げた。
シーツからカガリの手が落ちるのが見え、キラは我に返ったようにアスランに駆け寄った。
「アスランッ何するの!!」
「何って・・・一緒に帰るんだ。こんなこところにいたんじゃカガリが起きれないだろ?」
「起きれないって・・・カガリは死んだんだよ!」
「?何を言ってるんだ?カガリは寝てるんだ」
アスランは首をかしげると愛しそうにカガリを見つめる。
もちろんカガリの顔に生気などありはしない。
だが、今のアスランにはカガリが寝ているようにしか見えなかった。
毎朝、この顔を見て俺は起きていた。
しばらく見つめているとカガリも目を覚まし、「うわっ寝坊した!!」といって慌てて起き上がるんだ。
今日だってそう。
家に戻っていつものようにベッドに入ればカガリは目覚める。

「アスラン・・・気持ちは分かるけど・・カガリは・・・」
キラの瞳に涙が溢れる。
アスランは現実を見ていない。自分の心の中で何かを作り上げていっているのだ。
「帰ろう・・カガリ・・」
歩き出そうとするアスランの前にキラは立ちふさがる。
「行かせるわけにはいかない!」
カガリは死んでいるんだ。家につれて帰ってどうなる?
死んだ人は・・戻らない。
「キラ、邪魔をするな」

「アスラン・・お願いです・・・分かっているでしょう・・」
ラクスも大粒の涙を流しながら前に出た。
分かってる?なにを?
今分かるのはカガリを早くつれて帰らないといけないということ、カガリを目覚めさせないと・・・

キラは意を決したように息を呑むと
「アスラン、カガリは死んでるんだ。もうアスランの言葉に問い返したりしない」
はっきりとそう言った。
「カガリはここにいる。死んでなんて・・」
アスランが一歩前に出ると、力のないカガリの体はずしりと重みを増し、頭は支えがないため床へと向いた。
否定のしようがなかった。
今腕の中にあるカガリの体は冷たく、いつも抱いていたカガリの体とはかけ離れていたからだ。
分かっている。
そうだ俺は分かっているんだ・・・

「・・・ッカガリ・・・・」

アスランはそのまま体を崩し、泣き崩れた。




「キラ・・・」
「・・時間が必要なんだよ・・アスランには・・・」
キラとラクスはカガリのいる扉の外にある椅子に腰掛けていた。
アスランはひとしきり泣くと何も言わずその場を後にしたのだ。
かける言葉がなかった。
何を掛けても今のアスランには届かないだろう。
唯一届く相手はもうこの世にはいない。

「葬儀もあるし・・アスランにはちゃんとカガリを見送って欲しいけど・・・」
あの様子では無理かもしれない。
キラは両手をぎゅっと握った。




ポツリ・・・
頬に雨が当たり、アスランは手を頬に当てる。
その行動は無意識のもので何かを感じたわけではない。
そのうち雨は強くなり体を濡らしていく。

泣いている・・カガリが泣いているんだ・・
死にたくなんてなかったと・・
そのとき視界の隅にすでに懐かしく感じる蜜色が見え、アスランは思わず足を止めた。
「・・・・・・」
それはガラス越しにこちらを見ていた。
その姿はまるで・・・
「カガリ!?」
アスランはガラスに両手をつき、叫んだ。


「だからやめた方がいいといったんだがな・・・」
店の中、レイは雨音を聞きながらそう呟いた。
「え?なに?」
「いや、シンお客様だ」
レイはそう言うと扉へと向かうが扉はレイを待つことなくすごい勢いで開く。

「すみません!!あの・・あの人形なんですが!!」
それはアスラン、輝いた瞳でガラス越しに見えた人形を指差していた。
「あれは今日の新作ですが・・ああ・・・あなたでしたか」
レイはその見覚えのある人物に軽く会釈する。

「え?・・・・ああ・・・」
アスランはその人物が修理を頼みに来たレイ、という人物だと思い出したがそれは今、どうでもいいことだった。
「あれは・・・」
「シン・アスカ、この店の技師が作った『doll』です」
レイは言いながらシンを紹介する。
シンはアスランを見て軽く会釈した。
「doll・・・?」
「はい。この店で言う『doll』とは、それ自体が生をなし、記憶を持つ人間と大差ないものでございます」

「・・・・人間と大差ないといっても・・・」
アスランはdollへと近づく。

そっくりだ・・・まるでカガリそのもののようにそれはそこにあった。
だが人形。大きさは赤ちゃん程度で人間と呼ぶには生を感じられなかった。

「命を吹き込むのは持ち主となった方がご自身で行います」
「・・というと?」
「キスによってあなたが望むものをdollは体に記憶します」
「望むもの・・・」
俺が望むもの・・・
浮かんだのは当然カガリの姿。
「dollは唇へのキスを通して、その人の記憶をダウンロードできるんだ。もし想いの中にこの人に逢いたいって想いがあったら
持ち主がもっているその人の記憶をdollはインプットすることができるってこと」
シンは満足げにdollの説明をする。
「本体は完璧っすよ!オレかなり力入れて創ってますから!毎回ね」
シンは最後に小さく付け加えた。

「完全な本物というわけにはいきません・・・記憶はあなたが持っている彼女の記憶であって彼女自身の記憶ではありません。
それに唇にキスをするたび、あなたの感じていることをすべてdollは取り込みます。
dollはそれを敏感に感じ取り、自分の経験したことだと記憶にインプットします。 それとdollは自分をdollとは認識していません。あなたが望んだそのものになっているんです。」

アスランの頭はレイの言葉を流れるようにして聞いていた。
ただ、dollがカガリそっくりなdollが俺を呼んでいる気がした。
そうだ。カガリはここにいたのだ。
死んでなどいない・・・俺にはカガリがいる・・・
アスランはそっとそのdollを手に取った。




「最短だよな!創ったその日に売れるなんて」
シンはうれしそうにテーブルに腰を下ろした。
「あ・・でも魂の定着・・・」
「しばらく様子を見よう・・」
「なんで?」
「・・・あれはこの街の人間で彼の妻だ」
「え!?マジ!?」
シンはヤバッとばかりに舌を出した。
「あれは?」
「ちゃんと森の中に戻しておいた、魂はここ」
シンが取り出したのは小さな鍵の付いた陶器の箱。
カタカタと小さく揺れる。
「・・・どうせ時計もない・・しばらく様子を見よう・・」
レイがそう言うとシンは少し考えるが了解と箱を引き出しへとしまった。





あとがき
パラレルですねぇ・・・☆
ってパラレルとパロの定義をよく知らないんですが(笑)
ん?もしかしてファンタジーなのか?ファンタジーってなんだ?およ?

いやぁ・・もう・・私が書くと本当にシンはいい子ですねぇ・・もっとこう・・いろいろしてみたいんですが、
書いていくとこうなっちゃうあたりグッジョブ!なのかどうなのか・・・。
そして・・ついにカガリは死んじゃいました!これは確定事項ですね。
果たしてこれからどうなるのか!?