第六話 壊れたものは直せますか?




「アスラン、今日も仕事場に行っていいだろ?」
カガリは朝目覚めるとすぐに聞いてきた。
「もちろん」
俺の答えは決まっていた。
断る理由などない。
それに今のカガリには俺が必要なんだ。

「・・あれ・・・?」
店に着くとカガリはすぐにラクスを探したが姿が見当たらない。
「ああ、おはようカガリ」
「なあキラ・・ラクスは?」
「なんか用事があるから遅れるっていってたけど・・・」
カガリはフードを取り、コートを掛ける。
冬が終わり、暖かくなればコートを着る必要などなくなる。
その後どうするんだろう?いずれはこの街の人にも知られるんだ。
カガリそっくり・・いや、カガリ本人ではないのかと・・・

ふっとアスランと目が合うが、アスランは何も答えず席に着いた。
「注文分はあと少しなんだろ?」
「え?うん・・・あと2つ。何とか期限までに間に合いそうだね」
「そうだな」
いつもの会話に聞こえる。だが、お互いの心には違う何かがずっと住んでいるようだった。

「アスラン、隣にいてもいいか?」
「ああ」
カガリは椅子を引き、アスランの隣に座った。
最近・・カガリはずっとアスランの隣にいる。
何もするわけでもない、飽きたと言って立ち上がることもせずアスランの仕事をじっと見ているのだ。
「・・カガリ、面白い?」
「・・・・ああ」
・・・・・聞いたことを後悔した。
カガリは少し間を置き答えたからだ。そこには本人には分かる何かがあるのだろう。

「キラ早く作業に掛かれ」
「・・・はい・・」
それはアスランにも伝わった。




「この街の資料では無理ですわ・・・」
ラクスは大量の本と睨めっこをしていた。
だがお目当てのものはないらしく口から出たのは大きなため息だった。

『doll』とは一体なんなのか・・ラクスはそれを調べにきたのだ。
「微かに記憶がある気がするのですが・・・」
そう、何かの本で読んだ気がする・・・。興味が無くて途中までしか読んでいなかったけれど・・
でもそれはすごく古い本で、家にある地下室で見つけたものだった。
「この街では・・やはり・・・」
しばらく悩んだまま黙り込むラクスだがなにかを思いついたように席を立つ。

彼にも迷惑を掛けたかもしれない。でも今は・・・そんなことを言っている場合ではない・・。

ラクスが震える手を押さえ、それを取ると大きく息を吸い回し始める。
『・・・・・・はい・・・』
その声にラクスはびくっと体を震わせ唾を飲んだ。

「・・・ダ・・コスタさん・・?」
「ラクス様!?」
受話器越しでもどれほど驚いているのかが分かる。
「心配していたんですよ!!どこにいらっしゃるのですか!?」
「あの・・すみません・・・心配をおかけして・・・」


「いえ・・元気ならいいんです・・・」
心なしか声のトーンが落ちる。
きっと分かったのだろう。帰るために連絡をしたわけではないことを・・。
「旦那様も心配なさってますよ」
「・・すみません」
「みんな・・・」
「・・・すみませ・・っっ・・」
懐かしい声、ラクスは大粒の涙をこぼす。
自分のわがままでたくさんの人を悲しませ、心配をかけたこと・・それが胸に大きくのしかかる。

ラクスは何も言わず泣きじゃくるようにして体を震わせていた。
キラの前でなど泣けない。キラはきっと自分を責める・・。
その想いからかラクスの瞳からは止めどなく涙が溢れる。
それを止めたのはダコスタの優しい声だった。

「・・・・それで何があったんですか?戻ってくる気もないのに連絡してきたということは余程のことなのでしょう?」
ダコスタはラクスの屋敷でラクス付きの護衛として勤めていてくれた。
仕事としてだけではなく、人間的にも大らかで兄のような存在だった。
あの日、彼をも騙してキラと私は走り出したのだ。
なのに・・・
「ダコスタさん・・・」
「誰にも言いませんから・・・だから安心して下さい」




棚には注文された懐中時計、30個が並べられていた。
「これだけあるとすごいね!」
キラはそれを見て満足げに笑った。
「そうだな・・・じゃあ、これを届けに行くかな・・」
アスランは小さな箱を取り出し、1つ1つ丁寧に入れていく。
「じゃあ僕が付いていくよ」
「キラ、私が行くから!」
カガリはキラに割って入るようにして懐中時計を掴む。
「・・でも僕も大丈夫かどうか本人から聞きたいし・・・」
これだけの注文だよ・・とキラはアスランを見る。
アスランもその気持ちは分かるのか少し考えた後、
「3人で行くか・・」
と言った。
「でも・・店番がいるでしょ・・?」
「少しぐらい大丈夫だろ」
「だけど・・」
「キラ!!」
その声にキラではなくカガリの体が跳ねた。
「あ・・・ごめ・・・私店番してるから・・・ごめん・・・」
「カガリ!!」
カガリは体をひるがえすと奥へと入っていった。

「キラ!」
「・・・・カガリはあんなこと言わないよ。カガリなら率先して待ってるって言ってくれる」
「っっ!?」
キラはアスランを見ずに時計を箱へと運ぶ。
「あの子がなんなのか知らないけど、カガリの代わりなんていないんだからね」
違う!!あれはカガリだ!!
だがそれが口から出ることはなかった。
「これは仕事分かってるよね」
「・・・分かってるっ」
アスランは堪えた声でそういった。

本当は分かっているのだ。カガリはあんなこと言わない。
でも今のカガリは言うんだ。それは俺の責任で俺が創ったカガリなのだから。

アスランとキラはカガリを残し、店を出て行った。
その姿をカガリはいつまでも見ている。
途中何度もアスランは心配そうに振り返る、私はその度に笑顔でアスランに手を振った。
これは何度もあったこと。
だけど何でこんなに不安なんだ?
いつもこうして見送っていたはずなのにどうしてこんなに胸が苦しいのだろう?

カラン・・・
そのとき誰かが入ってきたのかその音が大きく響いた。
カガリはラクスかと顔を緩ませ入り口を見たがそれはラクスではなく・・・
「あ・・いらっしゃいませ」
少し釣り目の眼鏡をかけた青年。

「すみません、以前ここで時計を直していただいたものなのですが、アスランさんはいらっしゃいますか?」
「・・・いえ・・・今出ていて・・・」
人良さげで、気持ちいい笑顔を向けてくる。

「何かご用件でしたら私がお聞きいたしますが・・」
カガリは傍にあった紙とペンを取り出す。
「いえ、本当に用があるのはあなたになんですよ」
だが男は片手を挙げ違うと笑う。
「?」
カガリは不思議そうに男を見る。
この人・・知らないよな?
「えっと・・・私に何か・・・」
「いえ・・・本当だったんですね・・・」
男はカガリの頭から足先までじーっと見ていく。


「部下に任せてたので娘さんの顔は知らなかったのですが、あの時私もあの場所にいたんですよ。覚えていませんか?」
「・・・あの・・あの場所って・・えっと・・どこのことでしょうか・・・」
カガリは怯えるようにして返した。言いながら足は小さく震える。
怖い・・・この人笑ってるけど・・怖い・・・。
「それにしても不思議ですねぇ・・別人というわけでもなさそうですし・・・あの状態から助かるとも思えない」
アスラン・・早く帰ってきて・・・。
そう念じるもののアスランは先ほど出て行ったばかりまだ帰るには程遠かった。

「そういえば傷跡もありませんねぇ・・」
男はカガリの首筋に触れる。
「いやだっ!!」
バシン・・・
カガリはすぐにその手を跳ね除ける。
「間違えてしまったのは申し訳ないですが、噂は本当でしたか・・・」
「・・う・・わ・・さ・・?」

「死んだはずのあなたが生きてるということですよ」

・・なに・・・?
死んだはずって誰が?私は生きてる・・・生きてここにいる・・。
「私は生きています・・・」
「そのようですね」
「私はアスランの妻で・・ここで暮らしてて・・キラとラクスと出逢って・・」
そういえば・・・・アスランと出逢う前は?
私はどうしてたっけ・・・?あれ・・・私・・・

「まぁ、面白いことではありますがのちのち面倒なことになっても困りますしね」
男は胸元から光るものを取り出す。
「あなたを殺した者は始末しましたのでご安心下さい。あんなに口が軽いとは思わなかったんですよ。
警察の手が回る前に始末いたしましたからあなたの敵も取れたようなものです」
「あ・・・・・・・っ」
カガリの声が震える。
男はカガリの腕を掴み自分に引き寄せた。

「ご安心ください。私は綺麗に殺す主義なので」
男の口元が上がる、先ほどと何も変わらない笑顔だった。

あ・・・・・

「アスラン!!!!!」

「何してんだよ・・・」

その叫び声と同時に響いたのは彼ではない誰かで、この男でもない。

「・・・何もしていませんよ」
男はすでにカガリの体を離し、手には何も持っていなかった。
向き合っているのは見たこともない・・少年・・だった。

「ではお嬢さん失礼いたします」
男は変わらぬ笑みを浮かべるとカランと店を出て行った。

「・・大丈夫?」
差し出されたのは少年の手。
カガリはその手を少年を不思議そうに何度も見る。
「大丈夫だから、ね」
そしてそっとその手に自分の手を重ねると立ち上がった。

「ありがと・・・」
「どこか痛い所はない?」
カガリは自分の体を一通り動かすと「大丈夫」と答えた。
「あの・・・」
「ん?オレ?オレはシン」
「シン・・・」
カガリははたと我に返るとぱたぱたとどこかへ走っていく。
そしてしばらくするとトレーにカップを2つ乗せて戻ってきた。
「紅茶・・飲める?」
「ありがと」
そう言うと2人は傍にあった椅子に腰かけた。

それからシンと話をした、でもたいしたことではなく、ここがどうとかあれはいいとか・・そんな話。
シンは先ほどの事を何も聞かず、私のことも何も聞かなかった。
それがなんだか居心地良くて私はついつい話し込んでしまった。

「でもよかったね、気に入ってもらえて」
「ん・・ああ・・・」
商品の納入は1つ1つ確認しながら行った。
俺は見逃さなかった。
俺の創ったものの時だけ、彼の動きには一瞬、間があったのだ。
でも物自体は気に入ってくれたらしく喜んで受け取ってもらえた。
でも・・彼にはわかったのかもしれない・・・それのみに集中できなかった俺の迷いを・・・。

「あれ・・・」
考え込んでいるとキラが不思議な声を上げる。
アスランもその声に合わせて顔を上げた。
そこに見えたのは俺たちの店。
それがどうかしたのか?と思ったが、窓から見えた中にはカガリだけでなく黒髪が映っていた。
そしてその持ち主の顔が見えたとき、アスランは走り出した。
「え?アスラン!?」


ガランッッ
「何してる!!」
アスランは入るや否や、そう叫んだ。
これにはカガリもシンも驚いた顔をした。
「・・アスラン・・・おかえり・・・」
アスランはカガリを見ずにシンへと向かっていく。
「何でここにいる」
「・・・別に」
シンはアスランと同じようにアスランに睨みをきかせる。

「アスラン・・どうしたんだ?」
カガリはなんだかよく分からないが、アスランの様子に慌てて席を立つ。
「カガリ何か言われなかったか!?」
するとアスランはぐっとカガリの腕を掴んだ。
「いっっ」
その強さにカガリは思わず顔をゆがめる。
「やめろよ」
アスランの手をシンが掴む。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
沈黙が2人を包む、その間もお互い睨み合ったまま引かなかった。
「アスラン・・シンは助けてくれたんだ・・・」
「助けた・・?」
「ああ・・変な人が来てよく分からないこと言って・・・それで・・その・・・」
どもりながら話すカガリをアスランは眉をひそめたまま見ていたが腕を掴んでいた手を手のひらへと移動し、そのまま引っ張る。

「キラ」
「え?」
今、扉から中に入って来たキラにアスランは声を掛けるとそのまま扉から出て行く。
「今日は帰る。後は頼んだぞ」
「え?え?」
キラはいきなりのことによく分からず返事もできなかった。
「じゃ、オレも」
「え?」
しかもそこになぜかあの店の少年がいることに気づいたが彼にも返事はできないまま、2人の姿をキラは見送った。

「・・なに・・・?」
キラは首をかしげることしかできず、現状など理解できようもなかった。




シンはしばらく歩くと足を止める。
話し方が違う・・・
オレと話していたときと、アスランと話していたとき・・話し方が全然違った・・・

『他の人格ができているかもしれない』

レイの言った言葉が思い出される。
オレと話していたのはdoll自体の人格でアスランと話していたのが彼の妻である少女の記憶を持ったdoll・・ということか?
そんなことあるのか?
使い分けなんてできるわけがない。
それでなくても魂のないdollなんだ。それだけで不完全で心の統制、制御は曖昧なものだろう・・。
確かにいままで経験したことないからどれが間違ってるとか合ってるとかは分からないけど、それでも不完全なことに変わりはない。
「気になって・・つい足を運んだけど・・・」
あのときあそこにいた男が彼女を殺したんだろうな・・・

殺人者。
だがそれを裁くのはオレ達の役目じゃない。
オレたちが行うにのは殺害された人の魂をもう一度この世に成してやる事だ。
体を作り直し、魂を注ぎ込み、チャンスを与える。
本人が望めばそれに同調した人がdollを手にする。
それが新しい人生への第一歩だ。
体は魂の持ち主自身のもの。魂があってこそそれは上手く適合する。
「・・あの子はどうなんるんだろう・・・」
彼女の魂は存在している。もし魂を体に返したら彼女は共存できずに追い出されてしまうのだろうか?

「オレが・・・」
この街で売ろうとなんてしたから・・・あんなにそっくりに創ったから・・・
オレにできることはなんだろう・・?
そして彼女はどうなるのだろう・・・?




「アスラ・・アスランッッ」
カガリはぐいぐいとアスランに引っ張られていく。
みんなが見てる・・・
カガリはその視線に恐怖を覚える。
アスランはいつもフードをしてろといって私を外に出す。
初めてだったのだ、フードなしで街の中を歩いたのは。
人々はなぜか私のことを驚いたように・・恐怖したように見る。

カシャン・・・
その音にカガリは目をやるとそこには1人の少女がいた。
持っていた花瓶を落としたのだろうか?それにしてはその表情がおかしい。
私を見て・・・
「・・・カガリ・・・」
そう呟いた。
あれは確か・・・
だがアスランはそんなこと気にも留めずどんどん進んでいく。
もちろんアスランの名をいくら呼んでも止まることはなかった。

家に着くとアスランはそのまま私をベッドまで連れて行き座らせた。
「カガリ、誰が来たんだ?」
「・・・・誰って・・・知らない人・・・」
「何を言った?」
「・・し・・・」
んだはずの人間が生きている・・・・
そんなこと口に出せない。
だって、私にも意味が分からないんだから。

「私に会ったことがあるって・・・」
平静を装うとしても声は隠しようもないぐらい震えていた。
「それで?」
「部下に任せてて・・・でもあそこにいたって・・」
「それから?」
アスランの言葉が私を責める。
何を聞きたいのだろう・・私には身に覚えのないことなのに・・私は知らないことなのに!!
カガリは頭から想いが溢れる気分がした。

「知らない!!私は知らない!!何でそんなこと聞くの!?私だって分からないのに何でそんなことっっ」
カガリは立ち上がり怒鳴り散らす。
「生きてるじゃない!私はここにいる!死んでなんかいないのにどうしてそんなこというの!?」
「カガリ!?」
アスランは慌ててカガリの体を掴む。

「傷跡なんて知らない!私は殺されてなんかない!!!!」
だがその手はすぐに離された。

カガリ・・・今・・なんて・・・

アスランの時が止まる。
店に来た男がそんなことを言ったのか・・?
いや・・それより・・・アスランはカガリの変化に気づいていた。
カガリはカガリではないのだ。
話し方が全く違う・・知らないことを言われ、混乱していたとしても・・違う・・・。
違わない・・カガリだ。
違う。カガリじゃない・・
カガリだ!!
違う!!

「くそぉっっ」
アスランは近くの壁を思いっきり殴った。
するとカガリの動きがぴたりと止まった。

「ア・・アスラン・・大丈夫か・・?駄目・・だろ・・・手が・・」
うつろな瞳でカガリはアスランに近づく。
「・・・・・・」
アスランは膝を落としそんなカガリに手を預ける。
「痛いだろ・・アスランは優しいから・・溜め込んじゃうんだ・・・ほら・・悩んでるんなら言ってみ・ろ・・」
カガリ・・・
カガリは優しくアスランの手をなでる。
そのカガリの顔が涙で揺れ、上手く見れなくなる。

カガリ・・・

「心配しなくて・・いいから・・」
優しい感覚・・それが体中に降ってくる。
カガリ・・
カガリ・・
カガリ!!

涙でカガリの表情が見えない・・・

「私は・・アスランの妻だろ・・」
「カガリ!!!!」
アスランは瞳から大粒の涙をこぼし、カガリを抱きしめる。

足りないんだ・・・俺の記憶だけでは・・足りない!!!!
アスランの瞳からはとめどなく涙が溢れていた。

だがカガリの瞳からは何も零れてはいなかった。





あとがき
犯人現る!
って、別に出すつもりなかったんですが、出ました。
これもまた設定なし人間の楽しいところですかねぇ・・・(笑)
ほんと設定がありすぎると私、話しかけないんですよね。
どうもそれに縛られちゃって話が弾んでいかないのです。
なので私のお話はどちらかというと自由奔放に進んでます。