第七話 あれは人なのでしょうか?




『ありましたよ』
「すみません・・・あの・・・」
『大丈夫、部屋には私1人ですから』
ラクスはダコスタの言葉を聞くと緊張が取れたように肩を落とした。
『どこをお読みすればいいんですか?』
「すみません・・どことは分からなくて・・どんなことが書いていますか?」
『えっと・・・−・・』
本を開いているのかダコスタの声は少し遠くなり、紙をめくる音が聞こえる。
ぺらぺらと何枚かめくったところで音が止まった。
『・・これ手記ですね・・』
「手記?」
『はい・・カートン・ガルグ著となってます』
カートン、その名は聞き覚えがあった。
それはあの店でレイという人物が口にした名、ミス・カートン。
「それで・・どんなことを?」
『えっと・・・』
ダコスタはある程度目を通し、要約したものを伝えようと思ったのだろう。しばらくの沈黙が続く。

『どうやらこの方が手に入れたdollについて書かれているようですね。どうしましょう?最初だけ読みましょうか?』
「はい。お願いいたします」



『私が見つけたのは小さなお店、可愛らしいつくりに思わず私は中へと足を踏み入れた。
そこにはめぼしい商品はなく、数体のお人形が飾ってあった。』


「ここは何のお店ですの?」
私が聞くと若い店主は笑顔で答えた。
「dllをお売りするお店です」
「dollってこのお人形のこと?」
「はい」
私はその中の1体に惹かれるようにして歩いた。
そっとそれを手に取るとなんと、人の温かみを感じたのです。
私達が誰かに触れるのと変わらないそう、生きた人間と同じだった。
私は驚きました。でも、それ以上にそのdollは私に何かを語りかけてきたのです

気づいたときには私はそのdollを購入していました。

店主は私にこのdollについて説明してくれました。
dollは彼の手によって魂を取り込み、持ち主の唇へのキスで目覚める。
それにそのキスによって自分の望む人の記憶を私を通して得られるというのです。
なんて素敵なんでしょう!
私は小さいころ亡くなった母を思いました。
そしてキスによってdollは人の形へと姿をなし、私の母となったのです!

でも残念なことに、母の記憶は私にはなく、私の想いをdollは感じ取るしかなかった。
でもそれで十分でした。
私の想像通りの母が得られたのですから・・。

もちろん顔も違い、記憶もありませんが、私も母の記憶なんてなかったのでそのdollは私の想い通りの母になったのです!

『・・・まだ読みますか・・?』
「・・・・・・」
受話器越しにラクスの声は返ってこない。

そんな・・・まさか・・これが・・これと同じものがカガリさんだというのですか!?
アスランの買ったdoll、そして現れたカガリさん・・・
『あの・・・』
「ダコスタさん、それはいつ書かれたものですか?」




ラクスは青い顔をして市場を通り過ぎる。
そんなはず・・そんなはず・・・100年も前の話なんて!!!
「・・っ」
あまりのショックからか吐き気に襲われる。

『この人は店主も気に入ってみたいですね。最後にその人のことばっかり書いていますよ』
それを聞いたとき、心臓が止まるかと思った。
だって・・・
『金の長い髪が光に跳ねると本当に綺麗だ。瞳も青い空のように透き通っていた。って書いてますよ。
ただ、もう1人の少年は子供っぽくて好みじゃないって』
それはどう考えてもあのときの2人だった。

「100年前にあの人たちが存在するわけが・・どう見ても」
20歳いくか行かないか・・・

「ラクス!!」
ラクスははっと我に返る。
そこに見えたのはミリィの姿。
どんっとぶつかる様にしてラクスに飛びついた。
「あのアスランと一緒にいた子は何!?」
「・・・ミリィさん・・・」
見られた・・・
ラクスは困ったように眉を下げる。
「なんであんなにカガリそっくりなの!?だって・・だってカガリはっっ」
ミリィの瞳から大粒の涙が零れる。
「落ち着いてください・・ミリィさん・・」
「落ち着けるわけないわ!!私ずっとアスランに会えなかった・・責めてくれた方がずっと楽よ!!
あんなカガリそっくりな子を連れて歩かれるよりずっと楽だわ!!!!」
ずるずるとミリィは地へと落ちていく。
「・・ミリィさん・・・」
「私よりアスランのほうがずっと辛いのはわかってるの・・でも・・でもひどい・・っっ・・」

「違います・・アスランも何かにすがるしかなかったのです・・そうしないと自分自身が壊れてしまいそうだったんでしょう・・」
すがったのはdoll・・アスランの知っているカガリさんの記憶を与えられたdoll。

あれは人なのでしょうか?
dollはいくら魂を持っているとはいえ、所詮dollなのではないか?
でもその中にある魂はカガリさんのもの・・・。
え・・?カガリさんの魂?
違う・・・お母様の魂ではなく、他の人の魂が入ったdollにお母様の記憶を入れる・・
ということはあのdollにはカガリさんの魂が入っているわけではない。

「カガリさんの記憶を持った別のモノ・・・」

ラクスは泣き崩れるミリィをさすりながら難しそうに呟いた。




「アスラン、お前やりたいことはあるか?」
「なんだよ急に・・・」
カガリはテーブルに両肘をつき聞いてきた。
「ん・・お前だいぶ元気出てきたみたいだし、自分でしたいことを見つけるのも大事だと思って・・」
俺はカガリに拾われ、カガリの勤めていた喫茶でバイトをしていた。
住む場所はここの2階の空き部屋を使わせてもらっていたのだが・・
「したいこと・・・」
アスランの頭にはすぐに何かが浮かんだのだろう、カガリはそれに気づくがアスランはそれを口にしなかった。
「ここに来る前・・何をしてたんだ?」
だが、カガリは気を使うどころかそれをズバッと聞いてくる。
アスランは思わず苦笑してしまった。

「・・・・時計店をしていたんだ・・・小さな店だったけど、腕を評価されて・・・」
資金を出すからもっと大きくしてみませんか?
彼はそういってくれた。
よく店に来てくれる人で、俺はその人に親近感を持っていた。
そう、信じていたのだ。

それが・・・
「・・・・なら時計店をやればいい」
「え?」
「幸いなことにこの街に時計店はないんだ。だから修理に出すには隣町まで行かなきゃならない。面倒じゃないか?」
「あ・・・ああ・・・」
「だろ。だったら時計店はあったほうがいい!」
なぜだか力説する彼女がおかしくて・・これがいいきっかけかもしれない・・と思った。
俺自身もだいぶ落ち着いてきたし、これからは一緒に力になってくれる人が欲しい。

「カガリ・・」
アスランはぎゅっと握り締めたカガリの拳を手に取る。
「え・・あ・・?」
カガリは俺の手を見て、顔を見て真っ赤になった。

「一緒に夢を実現させないか?カガリがいてくれたら俺はどんなことがあってもやっていける自信がある・・・」

「アスラン・・・・」
付き合ってなどいなかった。
でも、俺がいてカガリがいる、それは当たり前でお互いがお互いを必要だと感じていた。
それは言わなくても通じていることだった。


その夜、俺とカガリは同じベッドに入る。
初めての夜・・
あんなに絶望していた俺をここまで変えてくれたのはカガリだ。
カガリのためなら何でもできる・・たとえどんなことがあっても・・君がいてくれれば・・・

「アスラン、これやるよ・・」
まだ蒸気した彼女の頬は俺の肩に温かみをもたらす。
「・・なに?」
カガリがシーツから取り出したのは金の懐中時計。
いつの間にこんなもの・・
と思ったがまあそれは置いておこう。

カガリはほらっと金時計を開く。

カチ カチ カチ カチ カチ

時はずれることなく心地よく刻んでいた。

「心臓の音を奏でてるんだ・・ほら、アスランと私の音・・重なってるだろ・・」

カチ カチ カチ カチ カチ

「ん・・そうだな・・・」
2人は目を閉じその音に聞き入る。

お互いが1つになった感覚さえ味わえる心地よい音にアスランは眠りに落ちそうになるが何とかそれを堪える。
「・・綺麗だな・・・これは?」
「お父様の形見なんだ・・」
そういえばカガリの両親も幼い時に亡くなったと聞いている。
「そんな大事なものもらえるわけないだろ」
アスランは笑みを浮かべながらカガリの手に金時計を握らせる。

「持ってて欲しいんだ・・・だってアスランなんか・・危なっかしいから・・」
「なんだよそれ・・」
「だから守ってもらえよ・・何かあったらこれを見て頑張れ!な」
あまりにまじめな顔をして言うものだから・・俺はそれを受け取った。

「・・ありがとう・・・大事にするよ」



ぽっと意識が戻る。
頬に伝うのはなんだろう・・・冷たい・・・涙・・・?
私夢を見てたんだ。
懐かしい夢・・
アスランが私にプローポーズしてくれた日、私達は結ばれた。
でも何も感じない・・・
アスランの優しさが分かる、私のぬくもりが分かる・・・でも、私の想いはどこ?
私はどれほど幸せだったんだろう・・・幸せだったはずなのになんでこんなにも寂しいの?

ああ・・見たことある・・このアスランの悲しい顔。
いつも見てたんだ。
いつも笑いかけてくれるアスラン、だけどその影に見せる悲しい顔。
ずっと心に引っかかってたんだ。

「・・気分は・・どう・・・」
「最悪・・・」
最悪だ・・
カガリは顔を隠すように両手をあげる。


私は一体なんなんだろう・・・?


カガリはそのまま動かなくなってしまった。
さっきの記憶が残っているのだろう・・・
「カガリ・・」
「アスラン・・・私はなんなんだ?私はお前の妻だよな・・?」
「そうだ・・そうに決まってるだろ・・」

「でも分からないんだ・・私がアスランをどう思っているのか・・・・」
相変わらず手はカガリの表情を隠す。
「アスランのことは大好きだ。大好きなんだ。それは間違いないはずなのに何かが足りない・・・。
それを考えると胸にぽっかり穴が開いたみたいになって・・苦しくて・・」


「・・・・・・・・」
アスランは立ち上がり棚から何かを取り出すとカガリの手を顔から離す。
悲しげな表情のカガリが瞳に写る。
「少し眠って・・・」
アスランはそう言うと小さな粒をカガリの口に入れ、テーブルにおいてあった水を少し体を起こしたカガリの口にあてがう。
こんなとき、アスランは口移しで水を飲ませて・・・
そんなことを考えながらカガリはされるままにそれを飲み、深い眠りに落ちていった。




カタカタ・・・
シンの隣で陶器の箱が揺れる。
「・・ごめん・・でも・・君を戻すことはできない・・・」
せめてできることはなんだろう・・・
「シン、変なことは考えるなよ」
「なっなにが・・」
「どこかから体だけ貰ってこようとか?」
「ぐっっ」
ビンゴだったのだろう。シンは言葉を詰まらせた。
「魂と肉体は同じでないと・・」
「分かってるよ!!少し思っただけだろ!!」
レイはまったく・・とばかりに肩をおろした。
「この街は早めに引き上げた方がいいな・・」
「でもっっオレたちのせいだろ!!このままほっとくなんてできるかよ!あの子だって・・っっ」
「・・・・シン、お前・・話したのか・・」
「いや・・成り行きって言うか・・・」
「それでどうだった?」
「・・・多分・・レイの言ったとおり、別の人格がいる・・」
本来の魂を戻してやるのが最善の方法なのは分かってる。
でもそれはすべての人に幸せをもたらすものではない。
たぶん彼女は・・・dollのもつ彼女は・・・

「やはり彼次第だな・・・」
「え?」
「アスラン・ザラ、彼がどう動くかによって先が決まる。・・どうしようもなくなったら回収するぞ」
「回収って・・・・」
「あのdollは不良品だったということだ。回収して銀時計に封じ込める。
「レイ!!!」
シンは強くテーブルを叩く、と、陶器の箱が弾むように飛んだ。
ゴトン・・・
「あ・・ごめ・・」
シンは慌てて陶器の箱を優しく置き直した。

「あれを創ったのは俺たちだ。どうにもならないときは俺たちの手で決着をつけないと駄目だろ」
「・・・分かってる・・・分かってるけど・・・」
シンはそれでも何か踏み切れない想いを抱えていた。
それは自分の想いのこもったdollだからなのかは分からない・・・ただ分かるのは

銀時計に封じ込められた魂は決して転生することもなく深い眠りに付く。
何十年、何百年、何万年と・・・





あとがき