第八話 真実を知るのは怖いですか?




「キラ・ラクスお願いがある・・」
アスランは次の日、真剣な顔で店に訪れた。
いつもくっつくようにしているカガリの姿はなかった。

これしか方法はない。
少しでもカガリの心を取り戻してやるにはこれしか他に思いつかなかった。
昨日カガリを眠らせてから考えた。
どうすればカガリと一緒にいられるか、今のカガリを食い止められるか・・・
それは少しでも多くの記憶だ。
カガリと接した人のカガリの記憶。
その人とどういうことを話したか、どんなところに行ったか、少しでも多くそれを取り込めば今よりは改善されるだろう・・・。
もしかしたら余計な記憶すらも取り込むかもしれない・・。
でも今のままではカガリは俺から離れていってしまう!!
またカガリを失うなんて耐えられない・・そんなこと決してさせはしない!!

唇をかみ締めると、アスランは意を決して口を開くが

「doll・・ですか?」

ラクスのその言葉に思わず口をつぐんでしまった。

「あのカガリさんはdollですのね・・?」
「ラクス?」
キラは何も知らされていないのかラクスが何を言おうとしているのか分からないようだ。
「ラクス・・どうして・・・」
「調べましたの・・・急いで本も持ってきていただくようお願いいたしました」
カラン・・・
その音が聞こえキラは扉を見た。
そしてその顔を硬直させる。
「ダ・・ダコスタさん!?」
その人物のことをもちろんキラは知っていた。
ラクスと行動を共にすることが仕事だった彼のことを知らないはずはなく、逆にダコスタもキラのことを知っていた。
「ラクスッッ」
キラはラクスを守るように前へとでるが、ラクスはそっとキラの肩に手を置く。
「大丈夫ですわ・・キラ」
「何が大丈夫なの!」
「大丈夫です・・ダコスタさんは私がお願いしてきていただきましたの」
「・・・そん・・な・・・」
キラは悲しげにラクスを見る。
2人の関係は上手く言ってると思っていた。
いつか・・いつかラクスの両親にも認めてもらいたいとは思っていたけど・・今はまだその時期ではない。
ということは・・キラの頭に嫌な考えが浮かぶ。

「ご安心ください。ここのこと、ここに来ることは誰にも言っていません」
「ね、キラ」
ダコスタの言葉、そして微笑むラクス・・嘘を言っているようではなかった。

「頼まれたものをお持ちいたしました」
ダコスタは手にしていた鞄から本を取り出すとラクスに渡す。
「本当にありがとうございます。こんなに早く・・」
「あの後すぐ出ましたからね。では私はこれで・・」
「え・・!?ダコスタさ・・」
「届け物をしに来ただけですから・・・でもお元気そうな姿を拝見できて安心いたしました」
ダコスタはそう言って微笑むとキラとアスランにも軽く礼をし、店から出て行った。


アスランは睨むようにしてラクスを見ていた。いや、ラクスの手にしていた本を見ていた。
その本には『doll』と書かれていたからだ。
「ラクスそれはなんですか?」
声も冷たいものだった。

「私とキラは『doll』を売っているというお店に行ってきました。『doll』まるで人のように温かく生きているようでした」
「それがなんだ!」
「あのカガリさんは『doll』なのでしょう?」
「だからなんだ!あれはカガリだ!『doll』だろうとなんだろうとカガリなんだ!!!」
アスランが小さく震えてるのがキラの目ラクスの目に見える。

分かっているんだ・・・あれはカガリじゃないと・・・でも受け入れるわけにはいかない・・・そうじゃないとアスランは
自分を保てない・・・。
キラはラクスの持っている本に目をやる。
「それは?」
「・・・私の家から持ってきていただきましたの。『doll』を手に入れた方の手記ですわ」
「それで昨日出掛けていたの?」
「・・すみません・・黙って・・・でも」
「うん。分かってる」
キラはラクスに優しく微笑んだ。

ついて来たらいけない気がした。
でも・・アスランの表情が気になって・・・
店の外、カガリは聞き耳を立てるように壁にくっついていた。
アスランは私がぐっすり眠っていると思ったのだろう・・そっと部屋を後にした。
だけど・・夜中に目が覚めてそれから眠れなかったんだ。
いろんなことが頭を回ってだけど、考えても考えても何の答えも出なかった。

「アスラン、ご自分で読まれますか?」
中からは3人の声が聞こえてくる。
「そんなことする必要はない。俺はそんなことをしに来たわけじゃない」
「じゃあ何をしに来たの?」
「カガリに記憶を与えてくれ!いまカガリは記憶が足りなくて困ってるんだ・・このままじゃあ・・俺は彼女さえも失う・・」
私に記憶を・・?
なんでだ・・?
冷たい壁の感触がカガリの体を冷やしていく。

「唇へのキスで記憶を与える・・ということですか」

「分かってるんならカガリを助けてやってくれ!カガリは今不安がってるんだ・・自分のことが分からなくて・・」
「ですがあれはカガリさんではないのでしょう!」
「カガリだ!!カガリなんだ!お前らだって接してみて分かっただろ!?あれはカガリだって・・思っただろ!」
「思ったよ・・でもやっぱりカガリは死んだんだ・・・僕はカガリの葬儀に出てカガリを見送った・・・それは変わらない事実だよ!」
「知らない・・俺はそんなもの知らない・・」
頭に浮かんだのは空高く上がる煙。
だがそれはすぐに消えた。

俺はカガリと一緒にいるためなら何でもできる。
たとえこの街を離れてでもカガリと一緒にいるんだ!!!


何を言ってるんだ・・・?
唇のキス・・・それはアスランが私にしてくれなくなったこと。
触れるのはいつも頬や額・・決して私の唇には触れなかった。
カガリはそっと唇に指を添える。
記憶を与える・・・?
私は誰かから記憶を貰ったのか・・?
だって・・・今キラはなんて言った・・・?
私は死んだと言ったんだ!

店に来たあの人もそう言った。

『死んだはずのあなたが生きてるということですよ』

「私は・・・死んだの・・か?」
カガリの手が壁からずるずると落ちていく。

じゃあ何で私はここにいるの?
死んだのならここにいるはずがない・・・
この記憶も・・体も偽者ってこと?
だが、ぺたぺたと触れる体はとてもじゃないが偽者だとは思えない。
体中に通う血、脈の音、心臓の鼓動・・アスランから感じるそれと何の変わりもないのだから。

「嘘よ・・・私はアスランの妻で・・アスランと一緒にお店を開いたの・・」
ほら・・覚えてる・・・
「アスランに懐中時計をあげたの・・・だってアスランは・・・」
アスランは・・・
背中を冷たいモノが流れる。

ワ カ ラ ナ イ・・・

「・・・っっ・・・」
カガリは口を両手で覆い隠すと走り出した。


「アスラン・・カガリさんがそんなことを望んでいると思っているのですか?」
「思ってるも何もカガリはいるじゃないか!」
「あれはカガリさんの魂ではないのですよ?アスランの知っているカガリさんの記憶を持った『doll』、お人形なんです」
「違う!!」

神様・・
俺はすべてをなくしても構わない・・

「あれはカガリだ!!」

何を失ってもいい・・カガリさえ失わなければ

「俺の愛する、俺のカガリだ!」

たとえ時計が作れなくなっても・・構わない!!!! だから俺からカガリを取らないでくれ!!!




ガタンッッッ
「えっ・・」
引き出しから聞こえた激しい音。
シンはそれに驚き体を震わせた。
今の・・・
シンはゆっくりと引き出しを引く・・・
「うわっっ」
何かが飛び出し、シンの体は椅子ごと倒れてしまった。
「え?え?」
シンはぱちくりと目を瞬かせる。
すると目に入ってきたのは窓を叩く何か・・・

ドンッドンッドンッ

「あっ駄目だ!痛いだろ!!」
シンは飛び起きるとそれを掴もうとするがするりとそれはすり抜ける。
「駄目だって・・っ駄目なんだ・・辛いだろうけど・・君は・・」
「行かせてやれ」
「レイ!?」
レイが扉を開けて入ってくるとそれはすり抜けるようにして扉を出て行く。
「あっ・・・」
そしてそのまま・・開いていた入り口から外に出るのが分かる。
シンは片手を伸ばしそれを捕まえようとするが届くはずもなかった。
「・・・だってレイ!!」
「あの体は彼女のものだ・・何もしなくてもいずれは駄目になる・・なら運命のに任せることも大事だ」
「だけど・・・」
「魂を眠らせるのも思うことをさせてあげてからの方がいいだろ・・・」
でも・・それでもオレはあの子を救いたい・・・魂だって救いたい・・

「っっレイがさっさと魂を入れてくれれば・・」

はっとした・・・オレは言ってはいけないことを・・・

「レ・・イ・・」
だがレイは何も気にしていないようでオレを見て微笑んでいた。

「気にするな・・そんなことを気にしてたらこんなに長い間生きていけない・・それにお前の事も分かってるつもりだ」
レイ・・・・
シンは自分を悔やんだ。
言ってはいけないことだった。たとえ片隅で思っていたとしても責任転換だとしても言ってはいけないことだった。
レイはあまり多くを語らない。だけど、その胸に何も抱えていないわけではなく、1人ですべてを抱えているんだ。
「オレ・・・行ってもいいか?」
「ああ・・・ちゃんと見てこい。これから何かあったときに役に立つだろう」
「・・ああ!!」
シンはそれを聞くと外へと駆け出した。


カラン・・・
レイは開いていた扉を閉めると椅子へと腰掛けた。
「ふぅ・・・」
dollの人格があの体から抜け、本来の魂があの体に戻ることができたなら俺たちの仕事は成功ということだ。
だが、シンはその抜け出たdollの精神が心配なのだろう・・
もちろん失敗する確率も高い・・
dollの精神と本来の精神が拒否反応を起こせば・・・

レイはここを訪れたアスランの姿を思い浮かべる。
「そうなればあのとき彼女が死んでいた方が幸せだったかもしれないな・・」


愛するものが死んだとき、人は皆、その人を追い求める。
ありえないことだとは分かっていてもそれを求めるものだ。
だからこそdollは本人の姿に似せて創ることをしない。
混乱を招くことは必須だからだ。
その為か、その人が暮らしていた街でそのdollを売ることもしない。

「・・・・いい加減決めないと貴女の元いた街に戻ってしまいますよ」
レイは壁にもたれかかるようにして座っているdollに話しかける。
『    』
「・・・シンでないと聞き取れないか・・・」

シンはdollの創り手。
彼はdollの、魂の言葉を敏感に感じ取ることができる。
だからこそ今回のことも気になって仕方ないのだろう。
だが簡単ではないぞ・・dollの精神、彼女の魂、両方を救うのは・・・




俺からカガリを取らないでくれ!!!
神はどうしてこんなことをするんだ・・・カガリは誰より人のことを考え人のために生きてきたのに・・・
どうして殺されなければならないんだ!!!

「アスラン・・・」
アスランはキラの声を聞きながら頭を抱え壁にもたれかかる。
「・・・・でももうここに存在してるんだ・・・dollだろうとなんだろうと・・彼女はここにいる・・・」
「私はあの方をどうにかしようといっている訳ではありません・・でも彼女はカガリさんではないのです」
「その人に代われる何かなんて存在しないんだよ」
胸に刺さる。
分かっていたのだ。
あそこで横たわるカガリを見たときから抱いたときから・・冷たい体は俺の言葉に何の反応もしない。
だが認めるわけにはいかなかった。
また笑ってくれる、俺のそばにいてくれる。
そう思うほうがよっぽど楽だったのだ・・・。

目の前に差し出されたのはdollの本。
オレはこれを読むべきなのだろうか・・・?
読んだらどうなるのだろう・・・あの子がカガリではないことを知って・・・俺はどうなる・・?

「私はすべてを読んだわけではありません・・・アスラン、あなたがこれを読むべきです」

どうする?ここにあのdollの真実が書かれていたら俺は・・それを認められるだろうか・・?
受け入れられるだろうか・・・
アスランはじっとその本を見つめる。
手が動こうとはしない。


やめろと心が言う、だが奥底ではそれを受け取れと誰かが言う。
俺は・・・・


カタカタ・・・

「・・・・・」
アスランは何かを感じ思考を止めた。
なんだ?
それは自分のおなかの辺りから感じる。
そう、金時計を入れているポケットからだ。
アスランは不思議に思いながらポケットに手を入れ、金時計を取り出した。
だがそれはいつもと変わりなく時を刻んでいる。

カチ カチ カチ カチ

心臓と同じように・・俺とカガリの時を刻む音。
だがカガリはそこにいない・・・

でもなんだろう・・・?なんだか落ち着く・・・
あの日から祈るようにして見ていたこの時計、でも何かが違う・・・
包まれるような感覚・・・
まるでカガリがそこにいるみたいに・・・

そして視線は自然と本へと向いていた。

読め・・・?
なぜか心の中にそう聞こえてきた。
誰が言ったのか自分の想いのかは分からない・・でも・・・


アスランはそっと金時計をしまい、ラクスの差し出す本に手を伸ばした。



「はぁ・・・はぁ・・・」
私はない・・・
私はいるはずのない人間なんだ・・
人間ですらない・・・
カガリは脇目もふらず走り続ける。
怖い・・・どこかに連れて行かれそう・・
走っているのにそれは何かに引っ張られ引き戻されそうになる。
戻っちゃだめだっ
戻さないでっっ
しばらくすると目の前に何かが飛び出し、カガリはそのままぶつかってしまう。
「きゃっ・・・」
女の人の声がし、体に痛みが走った。

「あ・・・・」
その声がし、瞳を開くとそこには以前見た人物、そう私の知っている人がいた。
「・・・カガ・・・リ・・・」
確かこの子はミリィ。

花屋の娘さんで、私の友達。
時々お店に花を持ってきてくれる優しい子。
カガリは子のこのことが大好きで、よくお店にも顔を出していた。
その日は風邪で熱を出していたらしく、カガリは次の日の仕入れを代わってあげるといった。
そう、私はあの日アスランに見送ってもらいながら出掛けたのだ。
アスランは私が見えなくなるまで窓から見送ってくれる。
大好きなアスラン。
幸せなとき・・・・
それはいつまで続いた?

なんだっけ・・・何かあったのだ、重要な何か・・・
カガリはボーっとミリィを見つめながら思考が勝手に進んでいく。


なんだっけ・・?
ああ、取り込めばいいんだ。
きっとこの子は知っている・・・私のことを知っている。
カガリはミリィに近づく。
ミリィは怯えたまま小さく震えて動けなかった。
「カガ・・・」
「記憶・・・ちょうだい・・」
そして2人の唇は重なる。


!!!!!!!!!
脳に何かが入ってくる。
ああ・・楽しい・・・ミリィとのおしゃべりは本当に楽しい。
次々と浮かんでくるのはミリィと話している私の姿。
そうだ、こんなこともあったんだ・・・楽しかった。
次々と現れる記憶をdollは取り込んでいく。

あれ・・・・これはなんだっけ・・・
すごく辛い・・・何を見て泣いてるんだ?
私・・そっか私を見て泣いてるんだ。
でもどうして・・・?

「私のせいでカガリは死んだのよ!!!」

死んだ・・・そうだ私は死んだんだ・・・そっか・・・え・・・?

プツリ・・・
意識がそこで途切れる。
どさりとカガリの体は地へと落ちた。
「カ・・カガリ!?」
ミリィは落ちたカガリに驚き声を上げた。





あとがき
混戦中。。。。
いやぁ・・ここからですね・・頑張れ両方!
dollの精神はこれからどうなるのでしょうねぇ・・
後味が悪いのは嫌いなのでそれは避けないとね!