第九話 あなたが掴んだのは誰の真実ですか?




俺はその本を開いた。
それを開くとカガリの・・あのカガリの真実を知ってしまう。
それが怖くて開けなかったはずなのになぜか恐怖心がない。
誰かが俺を守ってくれているみたいだった。
冷え切っていた体は暖かく感じ、冷め切っていた心は灯がともったように温かい。
本当に久しぶりな感覚だった。

カガリを取り戻し、幸せな時を取り戻したはずだったのにいつも心は冷たく冷えていた。
いくら笑っても嘘っぽくて・・だからといって泣きたいわけじゃなくて・・・
俺は心を封じ込めていた。
あのdollをカガリだと思うことで精神の安定を図っていたのだ。

実際、記憶も姿もカガリだった。
創られたカガリ。
それでも良かったんだ・・あんなことがなければ・・・
カガリは自分の気持ちが分からなくて混乱するようになった。
俺の記憶ではカガリのそのときの感情はわからない・・・
彼女に流れ込んだのは俺がどれほどカガリを愛していたか・・という記憶だったのだ。
だから・・・
アスランはポケットに入ってる金時計を服の上から見る。
これを俺に渡したときの彼女の気持ちも、彼女がどれほど俺を愛していたか・・それすら自覚できていなかったのだ。


アスランは大きく息を吸うとその本に目を通し始めた。
ラクスとキラは邪魔をしないようにかそっと奥の部屋へと入っていった。



私は『doll』に興味を持つようになった。
『doll』とはなんなのか、どうなっているのか・・それは『doll』を手にした人なら誰でも思うでしょう。
そこで私はいろいろ調べてみたのです。

店主はもうこの街にはいない。
まずはそれを追いかけることから始めました。
私は『doll』いえ、母を連れて近くにある街に行きました。
そこは大きな街で資料も豊富そうです。
まずは書物館に行き『doll』についての資料がないか、そこからです。

誰も行かないような端の端、乱雑に積み上げられた中にその本はありました。
手書きなのでしょうか・・?ひどく字も薄れていて読みにくい書物。
でも確かにそれはdollについて書いた本だったのです。
以下、そのまま引用しました。

『doll』すなわちそれは殺害された人を創り直し生を与えられた者。
そしてその姿は元の姿とは全く異なるものとして創られる。
それができるのは彼ら2人だけだ。
1人は美しい金髪を持つ青年。彼は殺害された人の魂を『doll』へと宿らせる事が仕事だ。
もう1人は真っ赤な瞳を持つ少年。彼は殺害された遺体を『doll』へと創り直し、その代わりのものを創り、その人の死を指し示す。
彼らは2人いてこそ『doll』を創ることができるらしい。
『doll』は唇へのキスによりその姿を人間と変わらないものへと変化させる。
この時点でものではなく人になるのだ。

肉体と精神、すなわち魂は同じものであることが重要だ。
誰かの肉体は他の誰かのものであってはならない。
生きている頃の体、魂は同じ人のものである必要がある。
そうでないと拒絶反応を起こし、肉体が滅びる、精神が崩壊する・・といった症状が現れる確率も高い。

私が気になるのは魂なしで『doll』は創れるのか?ということであった。
魂を手に入れるためにはその人が亡くなってすぐでないといけないらしい。
魂は時間を追うごとに浄化され、この世から消え去ってしまう。
そうなると肉体しか残らず、『doll』には成りえない・・ということになるらしいのだが、本当にそうだろうか?
魂がなくてもキスで『doll』は目覚めることができる。
これはdollの特性から私が得た答えだ。
ならば肉体だけでも新しくこの世を生きることができるのではないか・・・?
だが実験したくても彼らはもうここにいない。

ただ、これはしてはいけないことなのかもしれない。
『doll』は魂の持ちえた知識で状況を理解し、記憶を整理することができる。
それがなくては『doll』はただの入れ物。
記憶を取り込み、それを上手く引き出して使うことしかできないだろう。
そうなればどうなるか・・・それは各人が想像した通りだ。

そして私の命ももう終わりだろう・・・
私の命が尽きるとき、『doll』もこの世を去っていく。

私が愛したサラサよ・・・
お前の体も魂もサラサのものではない。
だが、記憶はサラサのものだ・・・もしサラサが亡くなった時に彼らが現れていたら・・・サラサの肉体も魂もそのままに『doll』になれていたのに・・・

それだけが心残りだ・・・。


これを読んだ君にこの意味が分かるだろうか?
ただの意味不明な文章に思えるかもしれない。
しかしこれは真実なのだ。
彼らはこの世界のどこかにいてずっと生き続けている。
殺害された人を救う神として・・・

私はこの書物を読んで今度は私が『doll』になってみたい。そう思い始めた。
私はこれからも彼らを探しながら『doll』について調べていこう。
そう心に誓ったのです。


「・・・・魂?・・・魂・・・・」
アスランは読んでいた目をとめ、そう呟く。

『彼は殺害された遺体を『doll』へと創り直し、その代わりのものを創り、その人の死を指し示す・・・』
どういうことだ?
あの2人が現れたのはカガリが亡くなってすぐ。
彼らはカガリの死をカガリが殺害されたことをすぐに知れたはずだ。

その代わりのものを創り・・代わりのもの?
どうして代わりのものがいるんだ?
肉体は『doll』へと作り変えられるからだ。
ならばあの肉体はカガリのものということになる・・・いや・・・他の誰かの可能性だってある。
それ以前に殺された人の体を使ったのかもしれない・・・
だが、あの姿はどう見てもカガリ、カガリを見た上で創ったとしか思えない・・・。

そう、確かに言えることは

彼らはカガリを知っている。

でも・・・
あのカガリに入っている魂は誰のものだ?
いや、そんなことより・・・カガリの魂はどこかにあるということだ!
そうだ!カガリの魂は肉体はあるんだ!!
『doll』として必ず!!

1番可能性が高いのはやはりあのカガリ。

・・・・・・・・あのカガリは・・・魂が入っていない・・?

『魂の持ちえた知識で状況を理解し、記憶を整理することができる』
そうだ・・・あのカガリには状況を理解する力、整理する力がない!!!

「魂が入っていないんだ!!!」
繋がる・・本に書かれていたことと自分の考えが1つの線になって繋がっていく。



『違う・・・』

ふっと体から何かが抜けるような感覚がし、アスランは辺りを見回す、だがそこにはなにもない。
「・・・?」
軽く首を傾げるが、アスランはすぐに本の続きに目を通し始めた。



かすかな光・・そう、誰にも見えないほどの光でそれは扉の隙間から外に出て行く。

そっと差し伸べた手、それにすがる様にその光は進んでいった。
「大丈夫?」
それはシン、手のひらに乗る光を切なそうに見つめる。
「うん・・・君は彼にも彼女にも悲しい思いはして欲しくないんだね・・・」
そのためなら自分はどうなっても構わない・・・。
シンの心には彼女の声が聞こえた。




冷たい・・・
その感覚にカガリは目を開く。
どこだろう・・・私はまた倒れたのか・・?
「・・大丈夫・・・?」
横にいたのは先ほど出会った少女。
すごく心配そうに私を見ている。
「・・ミリィ・・・」
「・・・倒れたの・・気分は?」
「・・・・悪い」
気持ち悪い。
私はこの人を知ってる。この人も私を知ってる・・
カガリはぷいっと顔を背け瞳をつぶる。


私はすごくこの人を知ってる・・・知ってるわ・・・だって分かったもの。
キスして記憶を貰ったんだもん。

そっかアスランも私にこの記憶をくれたんだ。
アスランは私を見てるんじゃなくて私の中のカガリ・ユラを見てる。
私はカガリ・ユラ。でも違う!私は私!!

「・・・・あなたは・・誰・・・?」
「え・・・?」
「カガリじゃないわよね・・?だってカガリは・・・」
ミリィは下を向き何か辛そうにしている。

「カガリは死んだ。ミリィは自分のせいだといって泣いたの・・・なんで泣くの?私はここにいるじゃない。
カガリ・ユラはここにいるの・・ほら・・」
カガリはミリィの手を掴むと自分の心臓へとあてがった。

「ね?だから悲しまないで私はここにいるから・・」

ここにいさせて・・・
頑張るから・・カガリ・ユラになれるように頑張る・・
だからお願い・・私を捨てないで!!!!
全部受け入れるから・・・私がdollなのも何でも受け入れるから・・・

アスラン!!!!



「・・・・・・」
アスランはその本を読み終える。
長くて短いお話。
これは現実で俺への救いだった。

「あの2人に聞いたら・・カガリの魂の場所が分かるかもしれない・・・」
そうだ!カガリを取り戻せるかもしれないんだ。
あの偽者ではない本当のカガリの魂を持ったカガリに・・・。
神は俺を見捨ててなどいなかった!!

「アスラン・・・」
物音を聞いてキラが覗き込んでくる。
「キラ!カガリはいるんだ!!いるんだ!!」
アスランは顔を狂気乱舞させ、そう言った。
「アスラン・・・?」
もちろんそんなアスランにキラもラクスも妙な顔をする。
これを読んで、アスランは真実と向き合ってくれると思っていた。
だが今のアスランは何かが違った。
新しい何かを見つけたように顔を輝かせていたのだ。


そしてその瞳には何かが写る。
「カガリ!」
それはガラス越しに立っていたカガリの姿。

もしこの体がカガリのものであったなら、この体に魂を入れることでカガリはカガリとして生き返る。
そうだ!カガリは俺と一緒に生きていけるんだ!!

アスランは扉を開くとカガリの腕を掴んだ。
「カガリ!もう大丈夫だ。あの店に行って魂を入れてもらえばカガリはカガリになれるんだ!」

うれしそうなアスランの顔。
それが私の目の前にある。
「私に・・なれる・・・?」
「そうだ。もう苦しまなくていいんだ!カガリの魂を入れてもらえばカガリは本当のカガリになれるんだ!」
本当のカガリ?
じゃあ私はどうなるの?
私はカガリ・ユラとしてここに来たの・・ねぇアスラン・・私はあなたと一緒にいるためにここに来たんだよ?
「行こう!」
アスランはカガリの腕をきつく引っ張る。

「アスラン!ちょっと待ってよ!」
キラはそんなアスランの腕を掴み止める。
アスランは放せとばかりにキラを睨んだがキラもそれに負けてはいられなかった。
「アスラン・・本を読んで何を得たのかは知らないよ・・でもこの子は泣いてるじゃないか!」
そう言われアスランは自分の手を見る。
その手に握られたカガリの手、そしてカガリの顔へと視線を移した。
「・・・・・」
そこには琥珀の瞳にたくさんの涙を溢れさせたカガリがいた。
「・・カガリ・・・」
「ひっ・・うっ・・・私はカガリなの・・・どうして私じゃ駄目なの・・?」
「カガリさん・・・」
その子はとても小さく、とても儚く見えた。
「私はカガリ・ユラなのに・・どうして本物を求めるの?私が本物なのに・・」
私は偽者なんかじゃない・・だって私はここにいるんだもん!カガリという人の記憶を入れられここにいる!
ここにいたいの!!!!!
そしてカガリとはあまりに違った。

この子・・・
キラはその姿を驚いたように見下ろす。
ちゃんと人格を持ってるの?
話し方もカガリと違う独自のものだし・・多分この子も気づいてる・・自分がカガリ・ユラではないことに・・・
「あちらに行きましょう・・大丈夫ですわ・・誰も何もしませんから・・」
ラクスは傷ついた顔を笑みに変え、カガリの背中にそっと手を回す。
「・・うっ・・・・ひっく・・・」
「さあ・・」
そしてラクスに誘われるまま奥へと入って行った。

キラの鋭い視線がアスランに注がれる。
「分かったでしょ。あの子にはあの子の人格があるんだ」
あの子の人格・・・?
あの中にはカガリではない誰かがいるというのか?
「君はその子を殺すの?」
「殺す・・?」
「そうだよ。カガリの魂を入れるということはあの子の居場所を奪うということだ」
キラはそう言うとラクスの後を追った。


居場所を奪う?
あの子って誰のことだ?
あれはカガリの記憶を使っているだけで人格なんて存在しない・・のではないのか?
だが先ほどの少女は決してカガリではなかった。
カガリの魂を入れればあの子は死ぬということか・・?
カガリともう1度一緒にいるためにはあの子を殺さなければならない・・・
あの子を犠牲にして俺はカガリと一緒になるのか?
あれは俺が創り出したというのに!!
アスランは身が切られる思いがした。

今まで自分を支えてくれていたのはあの『doll』だ。
今ここにこうしていられるのもあの子のおかげ、あの子がいなければ俺は死を選んでいたかもしれない。
そんな子を俺が殺すというのか!?
カガリのために、自分のために・・・
「そんなこと・・・」
出来るわけがない・・・
ならばカガリを諦める?
すぐ目の前にカガリはいるのに・・俺はそれを突き放すことが出来るのか?
「そんな・・・」
選べない・・・
俺は・・愛のために罪を犯したのだ!!!

死んだ人は帰ってこない。
そんなことは分かっていたのに・・あの煙を見ながら俺はカガリのことを祈った。
どうか安らかに・・・
本当はそう思ったんだ!!!
だがそれを認めるわけにはいかなかった。
だってカガリは目の前にいたのだから。
そう、あの少女が目の前にいた、それにすがったのだ。

「どうすれば・・いい・・・」
カガリを忘れてあの子を助ける・・どうやって?
どうやれば助けられるって言うんだ!!
俺はすでにあの子を傷つけている。
その傷は決して癒せることはない。
俺の心には消えることのない、カガリの姿があるのだから・・・っっ


アスランは自分の胸に手を当てる。
俺が悪い・・・俺がいけないんだ・・・
そして無表情でどこかへと向かった。



「ややこしいことになっちゃったな・・・」
シンはそう呟いた。
自分に出来ることがあるのなら・・・そう思ってここに来たがもうそんなことを行ってられる段階ではなかった。
もっと早く事を起こしていれば・・・
そう悔やまれて仕方がない。
銀時計は魂を取り込み、dollへと宿す。

あの時時計があれば・・・
あの時、オレが彼女を見つけなければ・・・
オレが彼女そっくりに創らなければ・・・
オレたちがここに来なければ・・・

考えはどんどん進んでいくが、それは今更どうしようもないこと。
「人間でもないのに考え方は人間と同じなんだ・・・」
なんだか情けなくなった。
自分にどれ程のことが出来るというのだろう?
殺害された人に新たに生を与える。
それはオレたちに与えられた使命で当たり前のことだった。
だけどそれを望んでいない人もいるのかもしれない・・・魂の声はいつだって苦しみが多くて・・・
それを助けてあげているとオレは勝手に思っていたのかもしれない・・・。

ふわっと手のひらの光が浮かびシンは意識を戻す。
「どうしたの?」
光はなにか慌てているように激しく動く。
「落ち着いて・・声が聞こえない・・・」
だが光は焦っているのかシンの言葉が聞こえていないようだ。

「どうしたの!?えっと・・・カガリ!?」
その名を呼んだとき、その光はまばゆい光を放ちシンの視界を遮る。
「え・・っちょ・・っ」
その眩しさにシンの動きは封じられた。何が起きたのか、それすら全くと言っていいほど分からなかった。




「・・・少しここで休みましょう」
ラクスはそう言って椅子を引いた。
だが、カガリはそれに座る気配を見せない。
「カガリさん・・・」
「・・・みんな分かってるんでしょ・・そうよ・・私はカガリじゃない・・」
キラも後ろからその光景を見る。
「私はただの入れ物・・アスランの大好きなカガリ・ユラの形をした・・存在理由のないモノ・・・」
そう・・この手もこの体も私ではない。
そっと自分の手を前に持ってくるとその手を見つめる。
アスランが愛したのは私ではなく、カガリの記憶、そしてカガリの体・・・。
私は誰にも必要とされていない!!!
ぎゅっときつく握られた拳、それすら自分のものではなかった。

「違います!!それは違いますわ!!」
体が揺さぶられ、前を見るとラクスが悲しそうに私を見ていた。
「あなたはカガリさんではありません、でもあなたはあなたでしょう?あなたはここにいて私とお話しをしているではありませんか!」
「・・・でも、私はアスランの妻として生み出されたの・・その役目が出来ないのなら私の存在する理由なんてない・・」
「それは違うよ・・僕らは出会える筈のなかった君に出会えてよかったと思ってるよ」
カガリは後ろからの声に目を移す。
「どんな出会いにもどんな人にも存在する意味があるんだ。君は・・アスランに出会えてどう思った?」

アスランに逢えて・・・
本当にうれしいと思ったの・・・優しくて、悲しい顔をする人。
だけど、その暖かさに私は惹かれて言った。
一生懸命時計を作る姿が素敵で、本当に時計が好きなんだなぁ・・って思ったの。
ああ・・私もそんな風に思われた・・・い・・・
零れ落ちるのは私の気持ち。
そう・・これが私の気持ちだ!!
私にはこの気持ちがあるんだ・・・っっ
少女ははらはらと零れ落ちる涙を愛おしそうに見た。

「そう、それが君の気持ち、君のものだよ」
「私の・・っ」
「そうですわ・・あなただけが持つあなたの心・・」
これが私の心・・ああ・・これがっっ

その瞬間、頭の中に何かが入って来た気がした。
それはひどく乱れた心で私の心もかき乱す。
ただ聞こえたのは願いのこもった言葉、

『アスランを助けたい!!!』

それだった。





あとがき