奴隷を雇う理由はいくつかある。
賃金が安い。
はっきり言って、食事さえさせておけば後は何も与えなくていい。
暴力を振るおうが犯罪にならない。
いや、犯罪にならないわけではない。黙認されているだけだ。
奴隷は家主に立てつくことを許されない。
もしそんなことをしようものなら恐ろしい目にあうことは分かっている。
だから逆らおう、逃げようなんてする人は少ない。
もし捕まってしまえばさらにひどい目に合わされるからだ。
それが怖くて逃げ出すことも、立て付くこともせず、ただ心を閉ざして生きていく。
生きてはいない、屍と一緒だろう・・・
それでも・・・死ぬことすら考えられなくなってしまうのだ。

私はこの生活に戻ってきたのだ。


カガリがミーアの屋敷で働くようになって1週間がたった。
笑うことをやめ、期待することをやめ、ただ働く。

ここでは、以前いたところよりマシな生活をしている。
ミーアは言ったようにあの部屋を私に与えた。
仕事は裏の雑用、力仕事。
決して表の人と会うことはない。
会うといえば同じように働いている数人。

その中に・・・彼がいた。







記憶の欠片〜変わった少年〜





「変わってやるよ」

話しかけてきたのは同じぐらいの少年。
カガリの持つ斧に手を差し出している。
「いい・・・できるから・・・」
パキン・・・と薪の割れる音がする。
カガリは恐ろしいほど積み上げられた木を薪として使う為、小さく割っていた。
この広い屋敷を暖めるにはかなりの量がいる。
毎日やっても追いつかないぐらいだ。

「お前、新顔だよな」
少年は覗き込むようにして言った。
カガリはそんな少年を無視して薪を割り続ける。

「心配しなくてもあいつらはここには滅多に来ないよ」
ここは屋敷から離れた森の中。
カガリはそれを聞くと驚いたように少年を見た。

「やっとこっち見た」
少年はうれしそうに笑う。
「オレはシン、1年前からここで働いてるんだ」
「・・・・・・・・・・カガリ・・・・」
「カガリか、よろしくな」

カガリは驚いていた。
今まで奴隷としていろんなところで働かされてきたがこんなに明るい子はいなかった。
みんな話すことにも疲れ、1人でいる。そんな生活だ。
彼は・・・奴隷ではないのだろうか・・・?
カガリはそんな考えが頭をよぎった。

「1年前に家族が死んじゃってさ。借金のためにここに売られたんだ」
カガリの考えを否定する言葉。
「じゃあ・・・1年前から・・・・」
「ああ。他はどうか知らないけど、ここはまだマシじゃないかな?
屋敷の人間がイライラしてるときは暴力とか振るわれるけど、それ以外は無視って感じだから」

何をしようがされようがどうでもいい・・・
ミーアはそんなことを言っていた。
奴隷とは関りたくもないということだったのだろうか・・・?

「なぁカガリ」
俯いて考え込むカガリにシンは笑いかける。
「お偉いさんがいるときは仕方ないけど、オレといるときは笑ってよ。そのほうが楽しいだろ」

・・・・・・・・・・この子・・シンは・・・・・・・すごい子だ・・・・
奴隷として生きることになったのにそれを受け止め、それでも生きるということを捨てていない。
カガリはえへっと笑ったままのシンに思わず笑みがこぼれる。

「ふふ・・・ん・・・・お前おかしいっっ」
笑った・・・最後に笑ったのはいつだったかな・・・
アスランと抱き合えたあの時・・・
あの別れから私は笑顔を・・表情を封じ込めていた。



「うれしい!」
シンはそう言うとカガリに飛びつく。
「わっっ何だ!?」

「初めてなんだ!オレと話して笑ってくれた人。
みんないくらオレが話しかけてもずっと無表情でさ・・相手にもしてくれない」

その人たちはきっと・・辛い眼にあってきたのだろう・・・
すべてに怯え、何もできなくなる。
カガリは難しい顔をして俯く。
それが分かるから・・・・


「ほら」
シンは先ほどと同じようにカガリの手元に手を差し出す。
「力仕事は男の役目だろ」
真面目な顔で言うが、そのどことなく幼い顔つきには不似合いで・・
カガリはまた笑ってしまった。
「・・・ん?」
眉を歪めるシン。
「ありがと」
カガリはそういうとシンに斧を手渡した。





それからもシンは優しくて、私とシンは陰でいつも笑いあった。
もちろん表ではそんなこと欠片もださいようにして・・・

埋めてくれてる気がした・・・
アスランにあえない寂しさを・・・
心を閉ざしていたらアスランとの思い出も現実だったか分からなくなってしまったかもしれない・・・
でも、シンのおかげであれは・・あの幸せは本物だったと実感できた。

ふっと・・・想う・・・
アスランは今どうしているだろうと・・・・
そんな時飛び込んできたのは
「ミーアが結婚するらしいぞ」
という、シンの言葉。

私達はいつものように森で薪割をしていた。
シンは薪を割りながら淡々と話す。

「だいぶ前から決まってたらしいけど本決まりだってさ。
どこだっけ・・・?プラントかどっかの国の王子サマ」
嫌味を込めるようなシンの言葉。

アスラン・・・

「オレ達には関係ないけどな、オレ盗み聞き得意・・」
シンはいつものように冗談おかしく言いながらカガリを見た。
が・・・カガリは立ったまま、ボロボロと大きな涙をこぼしていた。

「おっっっあ??」
シンは大きく口を開け固まったが、すぐにカガリの瞳を服の袖で拭う。
「どうしたんだ?何かされたのか??シャニのやろうか?あいつはイライラしてるとすぐに
暴力振るうからな・・殴られたのか??」

シンが困ってる・・・泣き止まないと・・・
覚悟してたし、知ってることだったろ・・・
しかし涙は止まることなく零れ落ちる。

「うっ・・・・」
悔しい・・・・全部自分で決めて考えてしたことだったのに・・・
それでもアスランの側にいたいと思ってしまう・・・。

「シン・・・」
「ん?」
シンは慌てるようにしてカガリを覗き込む。
「ごめん・・・・1人にしてもらっても・・いいかな・・?」
カガリは俯いたまま言う。
シンは辛そうな顔をしたが
「分かった・・・」
というと、静ずかにその場を後にした。



カガリ・・・大丈夫かな・・・

シンは考え込むようにして歩く。
「おい、お前!」
その時後ろから声がかかる。
この声はオルガだ。
この屋敷に働く人間を・・いや、奴隷として働くものを総括しているやつだ。
「はい」
シンは心の中では面倒なのに会ったな・・と思いながらも硬い表情でお辞儀をする。

「1ヵ月後にミーア様の結婚式が開かれるそうだ。その日はお前達は部屋から出るなよ」

「どうしてですか・・?」

「お前らみたいなのが大事な日にウロウロしてたら縁起も見た目も悪いからに決まってるだろ」
吐き捨てるように言うとオルガはすぐにその場を去る。

そんなにうざいのならやとってんじゃねーよ!
と、シンはオルガの背にあっかんベーをする。

・・・・・1ヵ月後か・・・
シンは考えるようにして思った。





「ねぇドレスは白と何色がいいかしら?」
ミーアは鏡の前で生地を肩に合わせると鏡越しにアスランに話しかける。
「どちらでも・・・」
アスランは心ここにあらず状態である。

カガリがいなくなってからすでに2ヶ月がたっていた。

泣いていないだろうか・・・殴られていないだろうか・・・
考えるのはそんなことばかり。
しかし、そんな日々でも時間は進んでいる。
ミーアとの式が近づいていた。

国を捨ててカガリを探したい・・・その想いは当然のことながらある。
しかし、そんなことをして何が得られる?
カガリを奴隷から救い出して・・何もない俺がカガリを幸せになんてできるだろうか・・・。
いや、探すことさえ難しいだろう・・・
悔しいが、俺はここで生まれこの国の王子として育てられてきた。
それは変えようのない真実で、現実だ。
まず、現実と向き合わなくてはいけないのだ。

「アスラン、ちゃんと私を見て!」
ミーアはアスランの顔に両手を添える。

「私達は結婚するのよ。あなたはプラントとミネルバの代表になるの」
そんなことは分かっている・・・
今、目の前にいるあなたと結婚しなくてはならない。

「ね、私を見て・・・」
ミーアはアスランに顔を近付ける。

見る?
俺が見てるのは・・・
アスランの脳裏に輝くような笑顔が浮かぶ。
初めて笑った顔、初めてキスしたとき・・・
俺に見えるのはカガリだけだ・・・きっとこれからも・・・

「え?」
ミーアの唇がアスランの唇に触れる寸前、アスランはミーアの肩を掴み剥がすように引き離した。

君じゃない。
アスランは困惑した表情のミーアを睨みつける。

「・・・なによ・・・結婚するのよ・・私達・・」
「しますよ。国の為に」
アスランは冷たい眼差しのまま言った。

「国の為・・・?」
それは事実・・・
だけど・・結婚するということは・・・
「けっ結婚したら子供も作るんだし、キスぐらいいいじゃない」
ミーアはぷいっと顔を背ける。

アスランからの返答はなかった。

カガリ以外を抱きたいとは思わない・・・
アスランは心の中でカガリのことだけを想っていた。

どこにいるんだ・・・・・・?
アスランは祈りを込めるように握った両手を見つめた。




「ムカつく!!!」
ミーアは帰りの馬車の中、声を荒げる。
「何があったのですか?」
シャニはミーアのいつも以上な苛立ちにとりあえず声をかける。

「アスラン・・・絶対あのこの子と考えてるんだわ!」
そう、カガリのこと。
私の屋敷にいるあの奴隷だ。
結婚が決まってもキスの1つもしない、それどころかいつもいつも私じゃない誰かを見てる!
「あんな子のどこがいいのよっっ」
汚らしい奴隷じゃない。
ゴミのように使われて体を売って・・私のほうがよっぽど綺麗だわ!!!

「あの子?」
ミーアはシャニの顔を見ると溜まった怒りを出すかのようにため息をついた。
「奴隷として入ったカガリってやつがいるでしょ。の子のこと!」

ミーアの怒り度合いからかなりのことだとは思いつつも、シャニにはなぜそれが奴隷と関係あるのか分からなかった。
アスランの屋敷に行くときミーアの機嫌は良かったからだ。
なのにその場にいなかった奴隷のことで怒っている。

「・・・そうだ・・・」
何かを思いついたようなミーアの顔。

昔、よくこんな表情をした後、こう言った。

「面白いこと思いついちゃった」
ミーアは本当に楽しそうに笑う。

そう言った後始まるのは奴隷ゲーム。
俺も楽しんでいたが冷静に考えるとそのゲームは残酷なものだった。

奴隷同士が争い、自分の地位を上げる。
勝った者には部屋を与える。
しかし負けたものには・・・それなりの罰が待っているのだ。

生気を失っている人間もその罰を恐れ戦い始める・・・・
もちろん内々のゲームで外にもらすことなどない。


ミーアはうれしそうに窓の外を見ていた。

あの子をぼろぼろにして追い出してやる。
そうよ、私のところに置いてやる義理などない。

どこか遠くへ行けばいいのよ・・・いっそ死んでくれたほうがいいぐらい・・・

アスランには私がいるの。
あんな子に私が負けるって言うの?
そんなわけないわ・・・
ミーアはぎりっと歯をかみ締める。




「またあれをやるのか」
「久しぶりだろ?なんだか分からないがミーアの機嫌が悪いんだ」

この声は・・・
シンは木材を抱え、近道の林の中を歩いていた。
聞こえてくるのはシャニとオルガの声。
シンは思わず足を止めた。
「でも、式まであと1週間だろ?こんなときにやってもいいのか?」
「さあ、ただ、気に入らないやつがいるみたいだ」
「・・・気に入らない?奴隷の中にか?」
あの人は奴隷をものとして扱ってはいるが、それ以前に関りたくない為、興味すら持たないことが
ほとんどなのに・・・
オルガは不思議に思う。

「ほらこの間新しく入ったやついるだろ?なんつったっけ・・・金の髪の・・・」

カガリ!?

「そいつがどうかしたのか?」
「ミーア様は気に入らないらしい」
「かかわりなんて無いだろう?」
「それが調べたら面白いことが分かったんだ」
シャニはにっと笑う。

「あの奴隷、前はプラントの王子、アスランのところで働いてたらしい」
シンの表情が固まる。
プラントの王子・・・
シンの脳裏に泣いていたカガリの顔が浮かぶ。
「やばい三角関係ってやつ?」
オルガは笑いを堪える。
「とにかく、明後日奴隷ゲームをやるらしいから準備を頼む」
「ああ」

奴隷ゲーム?なんだそれは?

「あと、ゲームの前日、その奴隷にクスリを盛っとけって」
「はは。ほんとに嫌ってるんだな」
「ふらふらのところをボコボコだ」

話を聞き終わるとシンはそっとその場を後にした。








あとがき
えっと、シャニとオルガの性格というかイメージは本編とあってないと思われます。
なぜならば!私もよく分かってないからです(笑)
でもこの役には彼らがいいと思いまして。