「ここが・・オーブ・・・」

シンとカガリは「親が亡くなり仕事を探しにオーブへ行く」という言葉を使い、通りかかった馬車や
農耕車などに声をかけここまでやってきた。。
やはりこの格好をしていると普通の村人に見えるのだろう。
みんな優しく、食料なども分けてくれた。
それもあっただろうが、オレたちは本当に仲むつまじい兄妹に見えたらしい。
「がんばれよ!」
と、声をかけてくれる人もいた。

「カガリ・・名前変えたほうがいいかもしれない」
「なんでだ?」
「・・・・伝わってるかもしれない・・・一応警戒しとこう」

そうだ・・私達は脱走してここにいるんだ。
カガリは表情を硬くする。

「だけど、オーブはほんとにいいところなんだ!町も綺麗だし、人も優しい人が多くて!」
シンは両手を広げうれしそうに言った。
そうだよな・・ここで家族と暮らしていたんだ・・・
カガリは少し寂しい気持ちになった。
私には・・・なんの記憶もない・・・

アスランと出逢うまでの奴隷としての記憶は全て忘れてしまいたい。
だけど、思い出として蘇ってくるのは幸せじゃないときのこともある。

「名前・・カガリは・・・何がいい?」
「名前・・・」
カガリ以外思いつかない。
カガリは困ったように首をかしげた。

「そうだな・・カガリはスピカでオレがシャート!」
「・・変わった名前だな・・」
「昔読んだ星の名前!オレ達は輝かなきゃ。少しでも」
戸籍をもらう為には名前がいるが、それは相手が考えるのだと思う。
だけど、最初に名前を聞かれるのは当然だ。
カガリとシンではいられない。

シンはカガリに微笑む。

少しでも多く笑っていたい。
笑っていいはずなんだから・・・

しかしカガリの表情は硬いままだった。

カガリ・・・じゃなくなっちゃうんだな・・・
唯一、小さい頃から持っていた過去をとられる気がした。

赤い石はアスランにあげたし・・・
アスランと抱き合ったあの夜。
アスランはじっとあの石を見つめていた。
何を思ってかは分からなかったが、すごく真剣な瞳で石を見てたから・・
今までのお礼としてあれを置いてきた。
想い出のお礼・・・

後悔はしていない。
だけど・・やはり寂しい心は胸の中を占領していた。







記憶の欠片〜オーブ国〜





「えっと・・・多分・・オーブ中心のオーブ国連施設にいけばいいんだと思うけど・・」
シンは壁に貼り付けてあるこの辺り一体の地図を見る」

「ここが・・これだから・・・どのぐらいかな・・?」
「シン!」
そのときカガリの大きな声が聞こえる。
シンは何事かと慌てて振り返ったが、そこには目を輝かせたカガリがいた。
「何・・?どうしたの?」
「すごいんだ!あの人!手から鳩を出したんだ!」
鳩?
シンはカガリの指差している方を見る。
「ああ・・大道芸の人だ」
「大道芸??」
カガリはそう言いながら目はその人に釘付けだった。

オレからしたらそこまで珍しいものではない。
オーブでは・・・いや他の国でも繁華街の中心ではいろんな出し物をしている。
客を呼び込むための一環だ。

思い知らされる。
カガリは本当に外界から遮断されて生きてきたんだ。
自分は1年前に奴隷になったばかり・・
そう思った。


「カガリ、これからはいつでも見れるから・・・早く行こう・・?」
「・・ああ!」
カガリは目を丸くするとうれしそうに言った。




「アスラン!どういうことだ!!」
部屋の中に響く男の声。
アスランは父の目をそらさず見ていた。
「ミーアとは結婚できないといったのです。父上」
「だからなぜだと聞いているんだ!」
アスランは変わらぬ眼差しのまま話す。
「私はもう苦しむ人を増やしたくない。ミーアと結婚すれば苦しむ人が増えるだけだと判断しました」
「苦しむ?何のことだ?」
父、パトリックはアスランをしばらく見ていた。

「なるほど。奴隷のことか・・・」
「・・・・」
「あんなものに惑わされたのか」
はき捨てるような父の言葉にアスランはカッとなる。
「あんなものではありません。奴隷も人です」
「拾った奴隷に何か吹き込まれたのだろう!」
「違います!!」
カガリのことだと察したアスランは父の言葉にアスランの言も荒くなる。

「俺はただ、この国がミネルバと同じことをするのではないかと不安なのです!俺は王となって
プラントを守る、プラントに人を守るだけで精一杯です!なのにミネルバと」
「そんなことは関係ない!」

「・・・関係ない・・?」
自分の考えを父はばっさりと遮断した。
アスランは体が震えるのえを感じる。

「そうだ、わが国にとってミネルバと組むことは良いことのほうが多いのだ」
「たとえ利益が大きくても私たちは国を守る人間なのですよ!?」
「それが何だ。人は何かを欲して生きている。それが人間の生きる道だ!」
パトリックは自分の考えは正しいとばかりに机を大きく叩いた。
アスランはそんな父を睨みつける。

確かに俺も・・カガリを欲している。
何かを欲して生きている。
だが、違う・・・
違うんだ。
誰かを欲することは相手がいなくてはできない。
奴隷もその中の1人だ!

「父上・・・」
アスランは両手をぎゅっときつく握る。
「俺は・・・あなたの言う通りには生きれません・・・」
「アスラン!?」


「もし・・俺があなたにとって邪魔で必要のないものなら切り捨ててください」


アスランはそう言い残すとその場を後にした。

覚悟はできてる。
俺がいくらこの気持ちを持ち続けても父があれでは俺にはどうすることもできない。
少しでも耳を貸してくれる・・そう信じていた。
だがそれはもろくも崩れ去ったのだ。

今の俺には国の王子として出来ることはない。
王の父がいるのだ。
どう考えても決定権は父にある。

ならば俺はどうする?
このままここにいて何もできないぐらいなら全てを捨ててカガリを捜す。
全てを捨てても捜さなくてはならない。
この国を背負って生まれてきた。
だが、それを果たせない今、俺は1人の人間としてできることをするしかない。
ふとアスランの脳裏にいままで世話をしてくれたマーナたちの顔が浮かぶ。
だが、このままでいるわけにはいかない・・・

アスランは瞳に決意を宿らせ、屋敷を出た。
胸の中・・・その首にはカガリが残して言ったハウメアの石が揺れていた。




キラはシンについて調べていた。
どうやら彼はオーブに住んでいたことがあるらしい。
なのですぐに情報は集まった。

「オーブに住んでたってことは・・・」
キラの脳裏に希望の光が差し込む。
奴隷保護。
それはオーブの人間ならほとんどの人が知っていることだ。
他国では奴隷がいなくなることを懸念し、決して知られないようにしている。
そんなことを話してしまえばどんな処罰が与えられるか分からない。

「もしかしたらここに来るかもっっ」
キラはどこかへ走り出す。
奴隷保護を役割としている施設はここから少し離れたところにある。
キラはそこへと向かったのだ。

その施設は目立たないよう、地味に作られている。
豪華に作ってしまうと、それを怖がる奴隷もいる。
ここでまた働かされるのではないかと・・・




「ここ?」
カガリはその建物を見上げる。
小さな建物。
国の施設にしてはなんとも・・
と思ってしまう。
「ここで合ってると思うけど・・・」
シンもイマイチ自信がなかった。
看板があるわけでもなく、もちろん来たこともない。
地図にひっそりと載っていたこの場所を目指しただけなのだ。

「どうしよう・・・」
さすがに入るのをためらってしまう。
もしかしたら知らせが届いてるかもしれない・・・
脱走したオレたちのことが・・・

オーブは信じてる。
だけど、これがこんなに恐ろしいことだとは思わなかった。

むかし、両親に言ったことがある。
『奴隷保護してるんでしょ?』
『そうだね』
『じゃあみんなさっさと来ればいいのにな。助けてもらえるんだから』
『いっぱい辛い思いしてるから怖いんだよ・・』
父はそう言ってオレの頭を撫でた。
あの時は分からなかったけど、今なら分かる。

行こうと思っても足が嫌だといっている。
カガリのほうを見るとオレと同じみたいでその場で固まっていた。

オレが怖がってどうするんだよ!!
カガリを助けるんだろ!!
シンは気合を入れるように自分の頬を思いっきり叩く。
カガリはその音に驚きシンを見た。

「オレが先に行くから・・・何かあったら逃げるんだ・・いいな!」
シンはカガリにそう言うと足を踏み出す。
「だっダメだ!!」
ガシッと掴まれたシンの腕。

「ダメだ!!一緒じゃないとっ私たちは一緒に逃げてきたんだ!!」
今にも零れ落ちそうなカガリの瞳。
シンはその決意を知るとそっとカガリの掴んでいる腕を解く。
「・・・シン・・・・?」

「行こう」
シンはその手をカガリに差し出す。

「うん・・」
カガリはしっかりとその手を取った。


キィ・・・
ゆっくりと扉を開ける。
2人は緊張のせいか、手ががくがくと震えていた。

「こんにちは」
中には1人の青年がいた。
こちらを見てにっこりと笑っている。
と、その青年は椅子を立ち、こちらに歩いてきた。
2人は身構えるように体を強張らせる。

「大丈夫ですよ。どこか怪我はしていませんか?」
優しく差し伸べられる手・・・
しかし、信じていいのか迷う。

すると青年はその手を引っ込め、後ろに下がる。

シンもカガリもその行動を不思議そうに見ていた。

「怖がらせたらいけませんからね。あなた方が落ち着いたらこちらにいらしてください。お茶を入れてお待ちしていますね」
そう言って、青年は席に戻り、側にあった、カップにお湯を注いでいる。

「・・・・・・・・・」
カガリとシンは顔を見合わせる。
彼からは威圧感も悪意も感じない。
2人はゆっくりと頷いた。

「あの・・・オレ達・・逃げてきたんです・・」
「はい」
男は優しく笑う。
「こちらに来ませんか?」
シンはカガリをチラリと見ると男のほうへ進んだ。
カガリもそれについていく。

「どうぞ」
差し出されたのはコーヒー。
湯気が立って、いい香りがする。
「あの・・・ここでは奴隷を保護してくれるって・・・」
「はい。あなた方が望むなら私達は全力で手を尽くさせていただきます」

ほっとした・・・
カガリの顔から緊張が取れるのがシンには分かった。
「カガリ・・」
シンはカガリを椅子に進める。
「うん」
カガリはちょこんと椅子に座った。
シンもそれに続く。

「さて・・お話を聞かせていただけますか?」
その言葉にシンはゆっくりと頷いた。






「スピカさんとシャート君・・ね・・」
男は呟きながら帳簿に名を書いていた。
シンとカガリは話を終え、ここにはいなかった。

「すみません・・・」
「はい?あ、キラ様」
男は部屋に入ってきた人物か誰か分かると膝をつき、礼をする。
「やめてくださいって言ってるのに・・」
キラは苦笑いをした。
「いえ、私もあなたに救われた身ですから・・・私だってどれ・・」
「いいんですよ。そんなこと」
キラは男に近づく。

「で?今日は?」
「あ・・あのカガリとシンという2人が保護を希望してきませんでしたか?」
「カガリとシン・・今日でしょうか?」
「分かりません・・ですが、最近のことです」
「お調べします」
男はそう言うと持っていたノートをめくる。
キラはその音を願いを込めるように聞いていた。

「残念ですが・・・」
キラの表情が曇る。
「そうですか・・・もしかしたらこれから来るかもしれないので」
「はい、分かりました。来られたらすぐにご連絡いたします」
「すみません・・・」
曇ったままのキラの表情を見た男は席を立ちコーヒーを入れる。

「どうぞ」
「あ・・・はい・・」
キラはそっと椅子に座った。

「先ほども保護を求めてきた子達がいましてね。きょうだいだと言ってましたが・・・・まぁ・・そうは思えませんでした。
勘というのか・・・やはりすぐに心を開いてもらえるものではありませんね」

「そうですね・・・それだけ人に騙されてきたんでしょう」
こくんとキラはコーヒーを飲んだ。
ふと、男の言った「きょうだい」という言葉が耳に残る。

「きょうだいって・・・」
奴隷が自ら逃げ込んでくるとき、大抵は1人だ。
一緒に逃げるということはなかなかできないのだという。
協調性、信頼関係など、苛酷な環境では作れないからだ。

「可愛らしいお嬢さんと少年でしたよ。スピカさんとシャート君と仰ってましたが」
男は苦笑いをする。
「・・・本名じゃないかも?」
「ええ、追われているかもしれない立場なら・・偽名を使うでしょうね・・」
「あっあの今その子たちはどこに!?」


「この施設の中を周っていると思いますよ。お部屋は花の間です」

違う・・かもしれないけど・・少し気になるな・・
キラは席を立つ。

「キラ」
そのとき声がかかった。
「アスラン!?」

「ここにいるって聞いたから・・・」
アスランの表情は暗い。
だが、妙にスッキリしているように感じた。
「ごめん。今ちょっと・・」
アスランのことも気になるが、今はその2人のことが最優先だった。
「あ・・じゃあ・・・」
「アスランも一緒に来て・・」
「・・・ああ・・?」
アスランはキラに言われるままついていった。








あとがき