朝は苦手だ。
こんな状態ではダメだとはわかっていても朝の苦手さはどうしようもない。
毎日マーナが困った顔で俺に呼びかける。
何度目だろう・・・数十回呼ばれたところで仕方なく俺は体を起こす。
そんな毎日が俺の日課だった。

「アスラン朝だ起きろ!!」
「ぐっっっ」
今日の目覚めは朝からの激痛だった。
「・・・・・え・・・なんだ・・?」
俺は目をパチパチさせながら激痛の原因を見た。
そこにはうれしそうにした『少女』の姿。

「・・・・カガリ・・・・」
それが誰だかわかると俺はため息をついた。
「だって仕方ないだろ。何回呼んでも起きないんだ」
死んでるのかと思った。
カガリはそういって笑う。
しかし、主人の体に飛び乗って起こすとは・・・
カガリはアスランの上から体を退かす。
小さく「よいしょ」っと言いながら。

寝起きの悪い俺だが、今日はなんだか爽やかな目覚めだ。
カガリにつられ俺も苦笑いをする。




記憶の欠片〜緊張と好奇心〜





「カガリおはよう!」
「おはようございます!」
「カガリ、これやるよ」
「ありがと!」

俺はカガリの少し後ろを食堂へ向かった歩いていた。

不思議だ・・・・
いつもお付の人間というと俺の後ろにつく。
ところがカガリは俺を先導するかのように前を歩く。
しかも、いつのまに仲良くなったのだろう・・・ここで働いている人全員がカガリに話しかけている。
りんごをもらったり、冗談を言ったり・・・

カガリに声をかけた後、後ろから来た俺に「アスラン様おはようございます」と挨拶する。
まあ、怒るところ・・・なのかもしれない・・・
下働きの人間が、主人より前を歩くなど。

だが、俺はそうは感じなかった。
カガリの開いた道は暖かくて、光が通っている。
そこにできた人の温かい空気はとても居心地の良いものだった。

「アスラン・・様、今日は私が朝ごはんを作ったんだ!」
食堂の扉を前にカガリは振り返り言った。

様、なのに言葉は乱暴だった。
それがおかしくてクスリと俺は笑う。
カガリはよく分からないといった顔で首をかしげていた。

席につくと、そこには・・・見た目イマイチな料理が置いてあった。

卵・・・は何がしたかったのか分からない形をしていて、
パンは歪な形に切られていた。
「美味しいの?」
思わず聞いていた。
「多分・・・努力は・・した」
少し俯いていうカガリ。

「料理もしたことあるんだけど、食べる前に捨てられちゃって・・・いつも係りから外されてたから・・・」
この見た目では・・・主人は怒っただろう・・・
しかし頑張って作ったものを食べもせずに捨てるとは・・
もし、愛する人がこれを作ったとしたらどうする?
食べるであろう。
なのに・・・

アスランはフォークを持つと、卵をすくった。
カガリは不安そうにアスランを見る。
ゆっくりと口に含む。
「・・・・うん。おいしい」
見た目からは想像できなかった。
形は悪いが味はいい。
「そうか!よかった!!」
うれしそうに笑う彼女に俺は安堵した。

出会ったのはつい先日。
そのときの彼女とは全く表情が違っていた。
怯えたような瞳で怒る彼女。
傷がいえるわけはない。だが、彼女は今、うれしそうに笑ったのだ。
俺にはそれがうれしかった。



「アスラン様、本日はミネルバのミーア様から」
アスランの横に執事がやってくる。
「ああ・・」
食事をまずくさせる言葉。
先日招かれていた食事をキャンセルしたため、今日来てくださいと連絡があったのだ。
さすがに断るわけにはいかない。

「分かった。午後からだな?」
「はい」
執事はそう返事をすると頭を下げその場を後にした。

アスランがふと横を見るとカガリは相変わらずうれしそうな顔をしていた。

俺がいない間大丈夫だろうか・・・?
ここにいる人たちがカガリに何かするとは思えないが・・(先ほどの様子を見ても)
アスランは1人カガリを置いていくことに不安を感じる。
そして何かを思いついたように食事に手をつけた。



「これに着替えてくれ」
カガリが差し出されたのは今着ている服より、少し上等に見えるものだった。
「私はこれで十分だぞ?」
「そうじゃない。これからミネルバへ向かう、世話役としてカガリも・・・」

普通に話しをしていたはずだ。

なのにカガリの表情は青ざめていた。

「・・?どうした・・・」
「ミネルバ・・・」
カガリの手が震えている。
「カガリ?」
アスランはそんな彼女をどうしていいか分からず、見ていることしかできなかった。
カガリは青ざめたままそこに立っている。

イライラする・・
キラだったら彼女を安心させることができるだろう・・
せめて、理由でも聞きだすことができるだろう・・
しかし、俺が聞いたのでは彼女は口を開いてくれない。

アスランはイラだったようにカガリを見た。

「あっごめんなさい!」
大きく上げられたカガリの声。

はっとした・・・
俺はどんな表情をしていたのだろう・・・

「違う・・すまないカガリ・・俺どうしたらいいか分からなくて・・君を怖がらせるつもりはないんだ・・・・」

「・・・・・」
「俺はこれからミネルバに行く、それで・・君が心配だから・・一緒に連れて行きたかっただけなんだ」
たどたどしく話すアスラン。
カガリは怯えた表情をしながらもそれに聞き入る。

「でも、嫌だったらいいんだ・・・」

「私・・・もう・・違うんだよな?」
「え?」
「もう・・奴隷じゃないんだよな?」

カガリ・・・
「ああ、違うよ。カガリはここで働いてるんだ。奴隷としてでなく」
「だったら行く。大丈夫だ!」
気合を入れるかのようなカガリの言葉。

マーナがミネルバでは奴隷が多いといっていた・・・カガリはあの国で働かされたことがあるのだろうか?
聞いたほうがいいのだろうか?
「カ・・ガリ・・・その・・・」
言葉が詰まる。
本当に情けない。

「・・・ミネルバで働いてたことがあるんだ・・・でも・・・今はここで働いてる。
私は仕事がしたいんだ。アスランは私に仕事を与えてくれた。無理強いじゃなく、だからきちんとしたいんだ」

やはりミネルバにいたんだ・・・・
「でも・・」
「私は乗り越えたい・・いつまでも怖がってちゃダメなんだ」
強い瞳で話すカガリ。
俺としてもカガリが奴隷だったことを乗り越えられればうれしい。

「無理だと思ったら俺に言えよ。側にいるから」
優しく微笑むアスランにカガリは少しだけ頬を赤くした。



「明るいなぁ・・・」
馬車の中つぶやく彼女の声。
「この間まで夜中しか外に出ることなかったから眩しくて眼がくらみそうだ」
ははっと彼女は笑う。
「空気も気持ちい!」
すぅっと息を吸う。
「それにしてもキレイな馬車だな」
くるりと辺りを見回す彼女。

これはひょっとしなくても・・・
「緊張してるのか?」
「うっっ」
カガリは言葉を詰まらせる。
なんて分かりやすい子だろう・・・
表情が豊かで基本的に人懐っこい為かよく話す。
そのうえ・・・陽の下で見るカガリは・・キラのセリフではないが、本当にどこかのお姫様みたいに綺麗だった。

「すごいな・・」
奴隷として物心ついたときから育ってきたのに、ひねくれたりせず、こんなに純粋で明るい。

「なにが?」
「いや・・・素直だな・・って思って・・」
「そうか?」
「ああ」
「でも、前までは笑うことなかったけどな。笑っただけで怒られるし、そんな時間もなかった」

辛くないのだろうか・・・思い出したくもないことだ。
「カガリ、無理して話さなくてもいいぞ」
そんなアスランにカガリは首を横に振った。
「アスランに聞いてもらえるだけで心が軽くなるような気がするんだ・・私は話したい」

不思議だ。
初めて私を人として見てくれたからだろうか?
優しいからなのか・・・この人には何でも話してしまいそうになる。
いや、話したくなる。
でも、そのたびに辛そうな顔をするから話さないほうがいいのかと思ってしまうけど、自然と口から出てきてしまのだ。

「アスランはどのくらい偉いんだ?」
カガリの不思議な質問にアスランは目を丸くする。
「偉い?」
「だって、あんな大きなお屋敷に住んでいて、しかもご主人様なんだろ」

ご主人様・・・
確かに父とは違う屋敷に住んでいる為、あそこでは俺が主人だが・・・
「まあ・・・そこそこ偉いかな?」
「なんだよそこそこって・・」
それじゃあ答えになってないじゃないかとカガリはむくれる。
「いいんだよ。そんなこと気にしないで」

気にしないでいい・・・・
俺が将来この国を背負う立場だと知ったら君はどうするだろう?
奴隷を見て見ぬふりをしてきた国の・・息子だと知ったら・・・
アスランは怖くなった。
カガリがそれを知ったとき、俺のことを裏切り者の眼で見るのではないかと。

事実、奴隷のことなど俺は関心がなかったのだから・・・君に出会うまで。

ギッと馬車が止まる。
「着いたみたいだな」
カガリは馬車から外をゆっくり覗き込む。
大きな屋敷。
庭にはたくさんの薔薇が色とりどり咲いていた。
この輝かしさが胸に刺さる。
自分にはどう考えてもつりあわない場所だった。

「カガリ、挨拶とか・・・分かるよな?」
「・・・・・」
カガリはじっと外を見たまま答えない。
「カガリ、スカートのここ持って」
「え?」
アスランはカガリの服を指差した。
「ここ」
カガリは言われたとおりにそこに手を添えた。
「そこをもって、お辞儀」
カガリは言葉にあわせお辞儀をする。
「はい。よくできました」

なんなんだ・・こいつ・・・
子ども扱いされた気がしてカガリは顔を上げたが、そこにはうれしそうに微笑むアスラン。
「大丈夫。俺がいるって言ったろ」

カガリはその言葉に安堵した表情をし、
「アスラン様・・ありがとうございます」
と、先ほど教えたようにお辞儀をした。




中に入るとそこは輝くような装飾がいたるところに飾られ、あまりの眩しさに、カガリは目を細める。
アスランは平然としながらもどこか納得できないという表情をしていた。

「いらっしゃいませ、アスラン様。ミーア様がお待ちでございます」
そうメイドが言った瞬間、カガリの目の前をピンクの光が通り過ぎた。

「アスラン!!」

「ミ・・ミーア・・・」

カガリは何事かと思ったが、隣を見ると、同じ歳ぐらい・・の女の子がアスランに抱きついていた。

「もう!お待ちしてましたのよ!この間も準備をしてお待ちしてましたのに急に来れないって連絡が入るんですもの」
「すみません・・・大事な用事が入ったもので」
「でもうれしいですわ!今日は来てくださったんですもの!」
ミーアはしつこいぐらいにアスランにべたべたくっついている。

カガリから見てもそれはいやらしいぐらいだ。
だが、アスランはそれを拒むように会話を続けていた。
「はい。せっかくのお誘いですので」
「さあ席につきましょう。ステキなお料理を・・・」
そのとき、ミーアはアスランの隣にいる少女に気づく。

『誰なの?』
そう訴えるかのような瞳をカガリに向けた。
「紹介します。今度から私の側近をすることになったカガリです」
アスランはミーアの視線に気づき、カガリを手招きすると紹介をした。
カガリは焦りながらも先ほど教えてもらった挨拶をする。

「そう」
ミーアはカガリを上から下まで流すように見ると短く返した。

嫌な感じだな・・・
カガリは俯いたままチラリとミーアを見た。

「アスラン、早く入りましょう!」
ミーアはアスランに視線を移すとうれしそうに言った。




「でね、その方がアスラン様と私なら上手くいくでしょうねって」
「そうですか」
「それにお父様もあなたのことを気に入ってるのよ」
「・・・・」
アスランは苦笑いをする。

食事を始めたもののミーアはずっとアスランに話しかけていた。
アスランは少しウンザリ顔でカガリを見た。

カガリは少しはなれた場所にあるソファーに座っている。
窓の外が気になるのか、座ったまま体を伸ばし、一生懸命下を見ようとしている。
だが、それでも見えないのか、座ったまま軽くジャンプをした。

「ふっっっ」
アスランは思わず笑ってしまう。
「アスラン?」
ミーアはアスランの笑った理由が分からず顔をしかめる。
「いえ、すみません・・」
アスランは顔を引き締めると食事を続けた。

「それから、私もそのドレスが気に入ってね・・・」
ミーアは話を続ける。
しかし、アスランはミーアの言葉より、先ほどのカガリがどうなったかの方が気になっていた。

まさか・・身を乗り出したりしてないだろうな・・・
カガリならありえそうだ。
窓は開いていたし大丈夫だろうか・・・
だが、アスランの視線を封じるようにミーアはアスランを見つめたまま話し続ける。

「わっっっっ」
そのとき、部屋の中にカガリの声が響いた。
「カガリ!?」
アスランは慌てて席を立ち、カガリのいるほうへ向いた。

「・・・・あ・・すみません・・・」
予想通り、カガリは我慢できなくなったのか窓から体を乗り出していた。
乗り出しすぎたのか、カガリはしがみつくように窓枠に手をかけていた。

「カガリ、大丈夫か・・」
アスランは急いでカガリに近づくと、抱きかかえるようにカガリを窓から離す。

ミーアは思いっきり嫌な顔でカガリを見る。
アスランは背を向けているため、それに気づかなかったが、カガリにはその視線が痛いほど突き刺さる。
「も・・申し訳ありませんでした・・」
「いえ、宜しいのよ。お怪我はありませんでした?」
「はい・・・」
「良かったですわ!」
上品に笑うミーア、しかしカガリにはその笑顔が胸に刺さった気がした。
チクリと・・・
なんだろう・・・この威圧感・・・
カガリは思わず不安そうにアスランを見た。
アスランもそれに気づく。

「ミーア、今日はこれで失礼しても宜しいでしょうか?」
「え・・・?でも食事・・・」
ミーアがアスランのお皿を見るとすでに食べ終わっていた。
「・・・もちろん、また来てくださるんでしょう?」
「はい」
アスランは短く返事をする。
「ならいいですわ!下まで送ります」
ミーアは席を立とうとするが、
「いえ、けっこうですので・・」
と、アスランがそれを静止する。

「では・・」
アスランはそういうと、カガリを促すかのように部屋を出て行った。


何よ・・・あの女・・・
アスランは何を考えてるのかしら?
今まであんな若い子連れて来た事なんてなかったわ。
それに、アスランのお屋敷には若い女の子はいないはずよ・・・

「アーサー!」
ミーアは怒鳴りつけるように叫んだ。
「はい」
ペコリと頭を下げ、1人の男が現れる。
「あの女のことを調べて!」
「はい」
しかも・・アスランのあの優しい顔・・心配した顔・・・
私じゃなくて、あの子に向けたあの顔。
許せない!!



「カガリ、危ないことはやめろよ」
帰りの馬車の中、2人は向かい合って話す。
「ごめん・・」
アスランはクスリと笑う。
「なんだよ・・」
それを見てむっとするカガリ。

「いや、おかしなやつだと思って・・」
「失礼な言い方だな!私はおかしくなんてないぞ!」
「そうじゃなくて・・・なんていうか、目が離せないと言うか、退屈しないというか・・・」

「・・・それって・・・迷惑ってことか・・・?」
カガリが寂しそうに呟く。
食事会もお世話をするというよりはお世話をかけてしまった。

「違う!!」
思ったより大きな声が出たことにアスランは驚く。
「迷惑じゃなくて・・・どちらかというと・・・楽しい・・・」
「は?」
「カガリみたいな子・・いなかったから・・」
「・・・・そっか・・・・」
その後は、屋敷に着くまで2人ともじっと外を見たままだった。





あとがき
アーサー・・深い意味はありません。
名前をお借りしましたって感じですね。。