「朝だ!アスラン!!」
「ぐっっっ」

今日も毎日の日課、アスランのお目覚めコールだ。

「カガリ!もうちょっと・・優しくはできないのか?」
アスランはお腹を押さえながらだるそうに起き上がる。
「だって『アスラン様朝でございます〜』って言ったって起きないだろ?」

確かに起きないだろう・・・
が、毎朝お腹の上に飛び込んでくるのは・・・というか・・・
カガリを好きだと気づいた今ではそんなことをされると・・困る。

それにしても昨日キスをしたにしては態度が普通だな・・・
アスランはそんなことを考えた。






記憶の欠片〜軋む音〜





「今日のご予定は?」
「今日は・・・父に呼ばれてるんだ・・・朝食を取ったらすぐに出る」
「父・・お父様?」
「ああ・・・今日はついてこなくていいから」

カガリがこの屋敷に馴染んできたのがアスランの眼にも良く見えてきた頃から、
出かけるときにカガリを同行させることが少なくなった。
1人にしても大丈夫だろう。
そう思ったのもあるが、自分の・・・国を治める人間として生きていることをばれない為でもあった。

カガリが好きだと気づいた今、余計に知られたくなかった。
結ばれないとしてもカガリが離れて行くような気がしたからだ。


「アスラン様、ミーア様から手紙が届いております」
ドアから聞こえてきたのはマーナの声。
あまり聞きたくない「ミーア」という言葉。

「その声にカガリが扉を開け、手紙を受け取る。
ミーア・・・ってあのときの女の子・・・
きれいな服を着て、いかにもご令嬢な・・
妬む気もうらやましがる気もない。
だけど、あまり聞きたくない名だった。

カガリはアスランにその手紙を渡す。
少し不安そうな顔をしていたのだろうか、アスランは私に優しく微笑んだ。


『アスラン様』

今日、婚約の話しが決まるそうですわ。

あなたにもお父様から報告があるはずです。

ミーアはうれしくてたまりません。

今夜はぜひ、私のお屋敷でお祝いをいたしましょう。

この間連れてらしたお嬢さんもぜひご一緒に

同じ年頃の女の子とも話をしてみたいの。

では、お待ちしてますわね

『ミーア』


ため息も出なかった。
予想していたことだ。ミーアと俺がそうなることは。
カガリと出会わなければ仕方ないことだとすんなり受け入れていただろう
だが、今、カガリはいる。
俺の目の前に・・・

アスランはカガリを見た。
カガリもアスランを見るが、恥ずかしそうにぱっと目を逸らす。
それでもカガリのことを見つめ続けていると
カガリは更に顔を真っ赤にし、組んだ手をもじもじさせていた。

なるほど。いつもみたいに振舞うことで恥ずかしさを隠していたのか・・・
アスランはクスリと笑うともう一度手紙に眼を落とす。

『この間連れてらしたお嬢さんもぜひご一緒に、同じ年頃の女の子とも話をしてみたいの。』
この文にアスランは少し引っかかりを覚える。

同じ年頃の女の子・・・
そういえば前にキラが
『同じぐらいの女の子がいいんだろうけどここにはいないみたいでさ』
そんなことを言っていた。
確かにここにはカガリと同じぐらいの子はいない。
話をさせてあげると・・・喜ぶのだろうか・・・

アスランは悩んでいた。
カガリはそんなアスランの横で今だ顔を真っ赤にしていた。




こんな大きな屋敷がこの世の中にあるだろうか?
アスランは馬車を降りると目の前にある建物を見上げる。
ここは父の住んでいる屋敷だ。

「アスラン様、お帰りなさいませ」
30人はいるであろう・・・
出迎えのメイドが一斉に頭を下げる。

居心地が悪い。
だからこの家を出て今の屋敷に住んでいるのだ。
あれでも大きすぎるぐらいなのだが・・・

部屋に通されると、金銀豪華な装飾に眼がくらむ。
「アスラン、待っていたぞ」
「お久しぶりです父上」
本当に父に会うのは久しぶりだった。
俺は今、国の跡取りとして勉学に励んでいる・・ということになっている。
実際は勉強もしているのだが、国民からの税金でなんの不便もなく暮らしているだけだ。

「お前も分かっているだろうが、今日呼んだのはミネルバのミーア嬢のことだ」
「・・はい・・」
「婚約が決まった。これでプラントとミネルバは結ばれるのだ」
自分の手中に入ったといいたいのだろう・・・
ミネルバはプラントに比べると小さな国だが、情報力がすごい。
その力を父は欲しかったのだろう。

「お前にも頑張ってもらわないとな」
「期待に沿えるよう、努力します」
俺も道具の1つなんだ、この人と話してるとよく分かる。

「ところでアスラン、お前拾い物をしたようだな」
下げていた頭のまま、アスランは表情を硬くする。

拾い・・物・・?

「お前が何を拾おうが勝手だが、ミーア嬢を不快にさせるようなことはするなよ」

「そ・・れは・・・何のことを言っているのでしょう・・?」
声が震える。

「奴隷を拾ったそうだな。女の」
ズキン・・アスランの胸に痛みが走る。

「そんなものを屋敷においていては格好が悪い。影に隠して置くようにしなさい」
・・・・格好が悪い・・・?
その言い方では・・・ここに奴隷がいないのは奴隷を否定しているのではなく、見た目が悪いからということなのか?
自分の利益のために置いていないだけで・・・

「あんなものは見るだけでも気持ち悪い」

ああ・・・
父はこういう人だったんだ・・・・
奴隷は物。
人間ではなく、物なのだと・・・・




「アスラン・・・どうしたんだ・・・?」
屋敷に戻ると、アスランは部屋に閉じこもってしまった。
カガリが具合が悪いのかと聞いてくるが、返事をする気にもなれない。

奴隷がいるというのは事実だ。
だが、自分の父までもがあそこまでひどい言い方をするとは思っていなかった。

俺はこの国を継ぐのか・・・?
ミネルバは奴隷が多いと聞く、きっとこの国にもたくさんの奴隷がいるのだろう・・・

俺が・・・無くす事はできるだろうか・・?
王となって・・・
ミーアと共に・・・?

アスランは体を起こすとミーアの手紙を開く。
ミーアの考えを聞いてみよう・・・

それに・・・カガリに俺のことを隠しておけるとは思えない・・・


「カガリ、今日ミーアに食事に招かれているんだ」
「・・・・はい」
手紙はそういうことが書かれているのだろうと予想はしていた。
カガリは扉越しに返事をする。

「君に会いたいと言って来たんだ。歳も近いし、俺もそれには賛成だ」

会いたいって・・ミーアって子が?
・・・・初めて会ったとき、どうも好感が持てるような気はしなかった。

「私・・・あの子苦手だ・・」
思わず本音が飛び出す。
私を見る眼が・・・どうしても昔と重なる。
あの眼は・・・人を見下した瞳だ。

「カガリは誰とでも仲良くなれるだろ?」
アスランが扉を開くとカガリはバッと顔を上げた。
「前は無理だったかもしれないけど、今のカガリなら大丈夫」

アスランはそういって笑う。
確かに今の自分なら人と壁を作るなんてことないだろう。
でも、ミーアって子は別だ。
あの瞳が怖い・・・とても好意的には見えなかった。
「いやだ・・・」
「カガリ」

主人の言葉は絶対。
奴隷でなかったとしても雇われているのは事実だ。
それに・・・アスランは私のためを思っていってくれているのだろう・・・
「分かった・・・準備する・・・」
カガリはゆっくりと自室に戻る。
アスランの準備を手伝うこともなく・・・

今の自分にはミーアに会う恐怖が心の中を占領していたのかもしれない。

アスランはそんなカガリの気持ちに気づくはずもなかった。




日も沈み、月明かりだけが森を照らしていた。
しかし、そこを抜けると眩しいぐらいの明かり、ミーアの屋敷が見えた。

カガリはぎゅっと手を硬く握りしめる。
「・・・ミーアはちょっと・・素直というか、勢いがある子だけど、大丈夫だと思う」
そんなカガリを見てアスランは言った。
どうも苦手だが、悪い子ではない。
カガリだったら仲良くなれるのではないかとアスランは思ったのだ。

「ああ・・・」
カガリは俯いたままアスランに返す。

馬車が止まり、アスランが降りる。
エスコートするようにカガリに手を差し出すが、

「アスラン!いらっしゃい!」
という声と共にその手はカガリの視界から消えた。
「はい・・お招きありがとうございます」

「こんばんわ。カガリさんでしたわよね?」
アスランに抱きついたまま、ミーアはカガリに視線を向ける。
「・・はい・・・」
「私、あなたとお友達になりたいの。あちらでお話ししません?」
ビクっとカガリの体が揺れる。
「では、私も一緒に・・」
「アスランはお父様とお話しなさって、あちらでお待ちかねよ」
アスランはカガリの態度に不安を感じついていこうとするがミーアがそれを遮る。

「女の子同士のお話に殿がたが口を挟むのもどうかと思いますわ」
にっこりと笑うミーア。
アスランは心配そうにカガリを見る。

「アスラン様、大丈夫です。私は・・ミーア様と・・・」
アスランの立場、迷惑をかけてはいけないとカガリは笑顔を作る。

ミーアがカガリに何かするとは思えないし、平気だといわんばかりのカガリの笑顔、
「わかりました」
と、アスランはミーアの父がいるほうへと歩んだ。


小さくなっていくアスランの背中。

「では、私たちはあちらのお部屋でお話ししましょう」
「・・・は・・・い・・」
ミーアは優しそうに笑っていた。だが、どうも引っかかる何かがある。
心の中で鳴る音、恐怖心・・・




カチャン・・と、紅茶が置かれる。
この部屋まではかなり長い廊下を歩いた気がする。
ここまでにいくつもの部屋があった、だがミーアが入ったのは1番遠い部屋。
アスランのいる場所がどこかも分からなくなるほどここは外が見えなかった。

居心地が悪い・・・
まるで幽閉された気分だ。
部屋は適度な広さがあるものの飾り気のない空間だった。

「私、ミーア・キャンベルっていいます」
紅茶を1口飲むとミーアは話し始める。
「私は・・・カガリ・・・」
「カガリなんて仰るの?」
「・・え・・?」

そんなものは知らない。
なぜか持っていた石にカガリと書かれていた。
だから私はカガリと名乗っていて・・・

「分かるわけありませんわよね」
冷たい物言い、カガリは急変した声音にミーアを見つめた。

「あなた奴隷でしょ?名前なんて大して必要ではありませんものね」

ミーアの冷たい瞳にカガリはガクガクと震えだす。

この人は・・・何!?
ミーアの瞳はあの人たちと同じだ・・・
私を雇っていた人間と同じ・・・・

「アスラン優しいからあなたのことを助けたんですってね。
それはそうよね、目の前で暴力を振るわれてる女の子がいたら助けたくもなるわ。だって、可哀相ですもの」

カガリはゆっくり後ずさりをする、
トンっと壁に背中が当たった。

「私だって奴隷なんて可哀相だと思うわ。助けてあげたいとも思うもの。」
ミーアは強い瞳でカガリを見た。

「だから私の屋敷で働かない?」

・・・・・・・・・・この人は何を言ってるんだろう・・

「この部屋をあなたに与えてあげる」

「わ・・私はアスランの・・屋敷で・・・」

アスラン
カガリのその言葉にミーアはカガリを睨んだ。

「私、アスランの妻になるの。
だから、愛しい旦那様のそばにあなたみたいなの置いておけないのよ」

体が金縛りにあうってこんな感じなのだろうか・・・

カガリは壁にもたれたまま動けなくなってしまった。

妻・・・
アスランが結婚するってことか?
それは・・確かに・・・おかしくはないけど・・・じゃあ、私とのキスはなんだったんだ?

恋人がいるのに私と・・・

「あなた分かってるの?」

「・・・ぇ・・?」

かすれた声しか出ない。

「アスランはプラントの時期国王で私はミネルバの跡取りなのよ。それをちゃんと分かってるんでしょうね?」

プラントの・・時期国王・・・
アスランが?
そんな・・・

「なんだ、その様子じゃ知らなかったみたいね」
ミーアはフンっと鼻を鳴らす。
「なら分かったでしょ。アスランのそばに奴隷なんて置いておくわけにはいかないの。アスランが穢れちゃうじゃない」

「だからせめてもの情けでここにおいてあげるって言ってるの。私はアスランのお屋敷に入るからあなたがここで何をしようが
されようがどうでもいいしね」

何をされようが・・・

「・・・・ぁ・・っっ」
奴隷としてここにおくつもりなんだ・・・
カガリの心を恐怖が支配する。

「アスランからは私が言ってあげる。アスランにはここで働きたいっていうのよ
彼優しいからあなたが困った顔したら自分の屋敷においておくっていうもの」

「だけど・・・私は・・・」

『大丈夫。俺がいるって言ったろ』

優しい言葉をかけてくれて・・

『普通、俺が君を守るんだろ?俺が君に守られてどうするんだよ・・』

アスランは私を守ってくれて・・・

離れたくないんだ・・・アスランと・・・

「じゃあ、私とアスランのお屋敷であなたは働くの?毎日毎日私たちを見て生きていくの?」

そうだ・・・この人はアスランの妻になるんだ。
アスランの側にはいたいけど、その時、アスランはもう・・・

カガリは唇をかみ締める。
ミーアははっきりしないカガリにイライラし始める。
「今ならここで働かせてあげるってってるの!それとも何?行く予定だったところに戻る?」

カガリは眼を見開きミーアを見る。
「ちゃんと調べたのよ。あなた売られるところだったのね、やだわ、売体なんて」

売体・・・・

カガリはその言葉に心が軋むのを感じた。





「ミーアも喜んでいたよ」
「はい・・」
アスランは愛想笑いを浮かべ話を流していた。

ここに入ってから30分はたっている。
カガリは大丈夫だろうか?

アスランはドアをチラリと見る。
「ミーアは遅いですね。話しが盛り上がってるんですかな?」
と、それと同時にドアが開く。

「アスラン!お待たせしました!」
とびっきりの笑顔・・とでも言うのだろうか・・ミーアはそんな感じで入ってきた。
「ミーア、カガリは?」
アスランはミーアしかいないことに気づき問いかける。

「カガリさんだったら、ちょっと気分が悪いってお部屋で休んでますわ」

「え?」
アスランは慌てて席を立つ。
「アスラン!」
ミーアはアスランの腕を掴んだ。
「カガリさんは大丈夫、あなたは私に会いに来てくださったのでしょう。だったら私のお相手もしてね」

がっちりと掴まれた腕。
アスランは仕方なく席についた。










あとがき
ミーア本領発揮(笑)
ミーアって悪役にしやすい所がありますよね。
キャラが嫌いなわけではないのですが、話を書く上でミーアはこういった役に
ハマっちゃうのです。私的には。