「まあアスラン、来て下さったの!」

「あの・・今日は用事がありまして」
アスランはミーアの屋敷を訪れていた。

もちろんカガリのことでだ。

「カガリは・・来ていませんか・・?」
ミーアの表情が一瞬険しくなる。

「存じませんわ」

「あの・・先日お邪魔したときカガリと何を話されたのですか?」

「特別なことは何も話してませんわ。カガリさんどうかなさいましたの?」

「あ・・いえ・・・」

「そんなことより中にお入りくださいな。今お茶を・・」
「いえ結構です」
カガリがいないのならいる意味はない。
アスランはそう言うとすぐに出て行く。

「・・・・・」
カガリ・・・ね・・・
ミーアは表情を硬くしたが、すぐに余裕の笑みに変える。

「これで良かったのね」

ミーアが声をかけた先にはカガリがいた。
カガリはゆっくり頷いた。







記憶の欠片〜祈り〜





「ここで働かせてください」

カガリはこの日ミーアの屋敷を訪れた。

「あら?私のところにしたの?」
ミーアは相変わらず見下した眼をしてカガリを見る。

耐え難い屈辱。
本当はここに来るつもりはなかった。
前いたところ・・・連れて行かれるはずだった場所に戻ろうと思った。
そこで何があるか・・・想像できたとしても。

だけど、昨日アスランと触れあい、愛し合い・・・
決意は揺らいだ。

この感覚を忘れたくない。
アスランの熱を汚されたくない・・・
その想いが溢れてきたのだ。
ずっと・・・そうはいかないだろう・・・
だけど、今は今だけは他の誰かにアスランの温もりを消されたくなかった。
ミーアの元で働くより、そのほうがずっと嫌だった!

「あの・・・ここにいること・・アスランには言わないで下さい・・」
その時、鋭い衝撃が頬に走る。
カガリはそれがなんなのか分からず放心していた。

「アスランじゃないでしょ!アスラン様、いえ、あなたにはもうアスランの名前を声に出す資格はないの!!」
ミーアは怒鳴り散らすように言った。
カガリはジンジンと痛み出した頬に手を当てる。
「黙っててあげる。だけど、忘れないであなたは奴隷でアスランはプラントの王子なの」

「・・・分かっています・・・・」



そして今・・・アスランが・・・探しに来てくれたのだ。
カガリは胸に熱い思いがこみ上げる。

昨日のことが蘇る。
あれは紛れもない現実。
生きる世界が違ってもあの時、あの場所で私達は重なっていたのだ。


「さっさと奥に行ってあなたの顔なんて見たくもない!」
考え込んでいるカガリにミーアは怒鳴るようにいうと、眩しいぐらい豪華な部屋へと姿を消した。

「・・・・・」
以前と同じ生活に戻っただけだ。
いや、前より幸せなんだ・・・私にはアスランとの想い出があるから・・・・。
カガリはゆっくりと奥へと消えていった。




どこに行ったのだろう・・・・
アスランは馬車の中で考え込む。
それにキラの態度も気になる。

この石はキラと同じものだったんだ。
アスランはポケットからカガリが置いていった石を取り出すとそれを見つめた。
キラの態度はどう考えてもカガリについてなにか気付いたものだった。

キラとカガリがなんなんだ・・・?

「書籍塔に行ってくれ」
アスランはそう告げると静かに眼を閉じた。

書籍塔。
プラントにある、世界各国の書籍などを集めた建物である。
ここへ来れば必要なものは全てそろうとまで言われている。
もちろん入れる人間は限られていて、紹介がないと建物に近づくことさえできない。

アスランは書籍塔につくと、すぐ史書長に声をかける。
「すみません、オーブについての書籍なんですが・・・」
「アスラン様、これはこれはよくおいでくださいました」
史書長は深々と頭を下げる。

「書籍というか、18年ぐらい前からのことについて調べたいのですが・・・」
「18年前ですか・・・?」
史書長は不思議そうな顔をする。
「いえ、何かあるとは限らないのですが、少し調べたいことがありまして・・・」
「では、ご案内いたします」
史書長は先導するように前を歩いていく。

「オーブで起きた内乱、極秘事項などはこちらには置いていません。鍵のかかった部屋に置いてありますが・・・」
史書長はオーブの書籍の並んだ棚の前で立ち止まる。

「内乱・・・?」
「はい。ここは世界各国の書籍が置いてあります。しかし入れる人間は極わずか、あなたのような方ばかりです
そういう方々は極秘事項を好む。人が知らないことを知りたいのでしょうし、必要としています」
史書長は薄く笑みを浮かべる。
アスランはそんな彼の態度にスッキリしないものを感じた。
それは、自分も変わり者が好きな中の1人だといわれているような気がしたからだ。

「すべて各国にいる私の部下が極秘に情報を調べそれを文献として残しているのです」
あなたはどちらをお望みですか?
というような顔。
好ましくはないが、自分が今必要としているのはどうやらそちらの方だ。
「頼む」
「かしこまりました」
史書長はまた深々と頭を下げた。

奥へ奥へと進んでいく。

それにしてもすごい本の数だ・・・
アスランは歩きながら辺りを見回す。
こんなに本があるのにここに入れる人間はこの世の中ほんの一握りもいないだろう・・・
アスランは罪悪感を感じた。

今も苦しんでいる人がいるのに自分はこんなところにいる。
カガリがどんな目にあっているか分からないのに、ここで調べるしかできない・・・・

「こちらでございます」
史書長が指し示した場所は厳重に鍵がかけられていた。
本当に極秘事項なのだろう。
しかもここに来るまでに何度も鍵を潜り抜けてきた。

俺達が好む・・というより、この人の趣味ではないのか?

アスランがそう考えていると、
「私もこの世界のことには興味がありまして、いろいろ取り揃えておりますよ」
と、史書長が返してきた。
「・・・・・」
心を読まれた気がしてアスランは苛立ちを覚える。

中に入ると、史書長はランプに明かりをつける。
薄暗いそこには表とは雰囲気の違う史書が並べられていた。


アスランはその中の1冊を手に取る。
それには題名もなく、開いてもすぐに内容が読み取れるものではなかった。

「それは80年前、オーブで起きた内乱ですね。オーブの国王暗殺、未遂事件とでもいいますか、
犯人はオーブ国王の愛人だったという話です」

アスランはそれを聞きながら違う本に手を伸ばす。
「おっと・・それは前プラント国王が人を殺めたというお話しですよ」
アスランはビクッと本を持った手が震えるのを感じた。

「なんでもあるんですね・・・」
嫌味を込めて言うアスランに史書長はにこりと笑う。
「真実ですから」
と・・・・。


「探し物は18年前のオーブでしたね」
史書長はくるりと反対を向いた。
「18年前かは分からないのですが・・・」

「・・・・・超極秘事項をお探しなのですか?」
アスランはその言葉に眉をひそめる。
それが自分の求めているものかは分からない。
それがあるのかすらアスランには分からなかった。
だが・・・・

「見せていただけますか?」
それを聞くと、史書長は隠れるようにして置いてある棚に手を伸ばすと、1冊の本を取り出す。
アスランはそれを受け取った。

「それは13年前の出来事です」
ペラ・・・アスランはページをめくる。

『これは極秘事項である。決して外部に漏らしてはならないことを承諾の上、お読みいただくことを願う』



『私はオーブのアスハ別邸につかえていました。
その日、奥様とお嬢様はいつものように眠りに着かれました。

その日は風が強く、飛ぶものがないか、私は休む前に外を見ておこうと思ったのです。
外へでると、すでに物が飛んでいて、私はそれを片付けはじめました。
数分・・いや、10分ぐらいたったでしょうか?
屋敷の中からなにやら人の気配を感じたのです。
何か・・・殺気を持ったような気配を・・・。

私は気になって部屋に戻ろうとしました。
しかし、ある物音・・・いえ、声に気付いたのです。

それは「これを売りさばけだってよ」という男の声。
私は壁の影から声のするほうを覗き込みました。

なんとそこにはカガリ様がいらしたのです。
男達に抱えられ、気を失っておられるようでした。

私はカガリ様を取り戻そうかと考えたのですが、相手は複数。
どう考えても私1人でどうにかなる問題ではありませんでした。

何もできず立ち尽くしていると屋敷から立ち上がる炎。
私は怖くなって逃げ出してしまったのです』



アスランはじっとそれを読み続けた。

「興味深いお話でしょう」
史書長の声にアスランは現実へと引き戻される。

「オーブ国王には2人のお子様がいらした。1人はキラ・アスハ。もう1人はカガリ・アスハ。
表立って知られているのはキラ王子ですが、彼には双子のご姉弟がいらしたのです」

「ふたご・・・?」

「はい。幼くしてご病気静養のため、別のところにいる・・・とされているカガリ・アスハ」

アスランの胸が疼く。

「ですが、真実はそこに書かれている通りですよ。
奥様も病死ということになっていますが実際は殺されたのです」
ここまでの極秘情報はありませんよ・・と、史書長は薄く笑った。



これは・・・これのことなのか・・・・?
オーブ、アスハ国王の子供は2人。双子だったと・・・
その子供はキラとカガリ。
カガリというのが・・・・あのカガリだったということか・・・?
屋敷を襲われ、売られたカガリという少女。

あの石はキラとカガリに与えられたものだったとしたら・・・・

アスランは史書長に挨拶するとその場を後にした。





そして次の日・・・キラの屋敷へと向かった。
話をしなければ

それで解決する問題ではない・・俺がそれを知ってどうすることができるものでもない。
だが・・・・




「すみません・・・アスラン・ザラですが・・・」
扉を開けるとそこには多くの人が集まっていた。
その中にキラもいた。

「アスラン・・・?」
キラはアスランを見つめるとカガリが見つかったわけではないと悟り肩を落とす。

「どうしたんだ・・・この人は・・・」
「信頼できる人をとにかく集めたんだ。探すためにね」
カガリ・・・か・・・

「で何?」
忙しいとでも言うようなキラの態度。
それはそうだろう・・・今はカガリを探すためだけに心を使っているのだ。

「あ・・っと・・お前に話しがあって・・・」
アスランの態度にキラは何かを感じ取ると、
「こっち・・・」
と、自室へと向かいだした。

自室へと向かったと思ったが、キラが開けたのはキラの部屋の向かい。
アスランはこの部屋に入ったことがなかった。


キラの開けた扉から見えるのは可愛らしい部屋。

「・・・女の子の・・部屋・・?」
ぬいぐるみ、色調・・まるで小さな女の子が暮らしている部屋だ。

「っっ・・まさかっ」
アスランはキラの後姿に目を向ける。

「調べたんだ・・書籍塔で?・・そんなものまであるんだね・・・」
キラはアスランに向かず言った。


「本当にそうなの・・か?」
キラはアスランに振り返る。

なんて寂しい表情なんだろう・・・自分を責めているように感じられる。
キラはアスランを部屋に招き、ゆっくりと扉を閉めた。

そして小さなベットに腰掛ける。

「知ってるんなら話すことはもうないね。僕とカガリは双子なんだ。
あの石は父が僕とカガリに渡したお守り・・・」
キラはそう言うと胸元の石を取り出す。
そこには「キラ」と彫られていた。

そう、カガリと全く同じように・・・・


静まり返る部屋。

「キラ・・・・・・俺・・カガリを抱いたんだ・・・」

ややあって、アスランが口を開く。

「・・・・え・・・?」
キラは驚いたようにアスランを見つめる。

「カガリがいなくなる前日・・・・・俺はカガリを抱いた」
はっきり言うアスラン。
その姿をキラは震える瞳で見ていた。

「な・・なに・・・考えてるの・・・?」
キラはゆっくり立ち上がる。
今そんなことを言ってどうするつもり・・・その気持ちがあるのも確かだが、
キラにはその事実の意味が分からなかった。

「だって・・・君は・・オーブの時期国王なんだよ・・・?それに・・・ミーアが・・・」
ミーアのことはもうどの国でも知っていることだった。

「ミーアのことは話した。それでもいいかって・・・・」

それでも?
それでもいいってカガリは言ったっていうの?

「じゃあ何でいなくなったの?」

「分からない・・・」
アスランは目を背ける。

そのとき、キラは怒りが抑えきれなくなる。

「まさか・・・それが別れの挨拶ってこと・・・!?」

今思えばそうなのかもしれない・・・
ならばカガリを抱くことなどしなかっただろう・・・
側にいて欲しい。
それが今の俺の1番の願いだ。


「ねぇ・・・カガリの気持ち考えた・・?結ばれないって分かってて・・でも好きで・・・
抱かれてもアスランは他の人と結婚しちゃうんだよ?それをカガリはずっと見て暮らしていけると思う?」

思わない。
俺だってカガリがいつか他の人と結婚するなんて耐えられない。
だが・・・分かっていても側にいて欲しいと願ってしまうのだ
俺だって考えた・・・だが現実は現実・・・

「俺はカガリを愛してるんだ!!」
キラはいきなり怒鳴ったアスランにビクッと体を震わせる。

「だがこの国を大事に思うのも事実だし、それが変えられるとも思えない!
ならせめてっっ奴隷を少しでも無くそうと思ったんだ!
ミーアと結婚してこの国を治める。
そうしたら俺にはもっと大きな力が入るんだ!
きっとカガリと同じような人を救える!!」

身を切る思い。
アスランも苦しんで決めた・・・・
それは痛いほど分かる。

「本当に大事な人を守れなくて何が守れるの?」
キラはアスランを潤んだ瞳で見る。

「それもできなくて・・・他の人を守るの・・・?それって・・・おかしいよ・・・」

・・・カガリを守らずに見えていない誰かを守る・・・
だが、それでも大勢の人が救えるはずだ・・・

「きっとカガリに言ったら他の人を助けてあげてって言うだろうね・・・」

「だから出て行ったんだ。でも行く当てなんてないよね・・・・・・ね・・・奴隷の人が脱走したらどうなるか分かる?」

キラの言葉にアスランは背筋が凍る思いがした。

それでなくても人として扱われない奴隷。
彼女がまた奴隷としてどこかに行ったのなら・・・

初めて出会ったとき彼女は奴隷が嫌で逃げだしていた。
そしてまた奴隷に戻るということは・・・
アスランは自分のした行為の恐ろしさに気付く。

彼女は俺に迷惑をかけることをしてまで側にはいない。
ミーアと俺が結婚すればカガリを俺が気遣い、ミーアに対しても俺は気遣う。
そんなことをさせたいとは思わないだろう。

だから出て行ったのだ・・・

『私を抱いてくれないか?』
それは彼女からの精一杯のSOSだったのかもしれない。

「キ・・・ラ・・・」
アスランはこの言葉を出すのが精一杯だった。

「違う・・喧嘩したいんじゃないんだ・・・」
キラは自分に言い聞かすように言った。

「国を背負う君の思いは分かる・・・どれだけ大変かも・・・
ごめん・・・ちょっと・・イライラしてて・・・・」

アスランがカガリを抱いたというのは・・ショックだった・・・
だが、愛する人を抱きたいという想いは誰にでもある・・・
それを否定することはできないし、カガリもそれを望んでいたのだから・・・

結果はこうなってしまったがその想いは同じだったろう・・・

「とにかく今はカガリを探そう・・・そんな遠くまでは行ってないだろうから・・・・・早く探さないと・・・」


早く探さないと・・・

アスランにはその言葉が痛いほど分かる。

自分はなんてことをしてしまったのだろう・・・・
今更悔いても仕方ない。
カガリを抱きたいと想ったのは紛れもない自分の意思だし、それを後悔するのは嫌だ。
今はただ・・・カガリを全力で探そう・・・



アスランは決意するように赤い石を握り締めた。








あとがき