事件はオーブ代表として今だ復旧作業が進まない場所への視察中のことだった。
カガリは数人のボディーガードと幹部を連れて各地をまわっていた。

車から降りた直後、銃声が鳴り響いた。

ボディーガードが代表を守るように囲むが、次々と銃声が彼らを貫く。
そんな中、1人の幹部が代表を小高い崖から突き落としたのだ。

ー守るためにー



時の砂〜1




「キラ!!」
アスランは軍用の病院を必死で走り、病室までたどり着いた。
そこには険しい表情をしたキラが立っていた。
「アスラン・・・」

「カガリは!?」
アスランはカガリのいる病室のドアを見ながら言った。

今日はアスランが率いる隊の重要な会議があったため、カガリについていけなかったのだ。
もちろんキラも仕事があった。
『いいよ。それぞれ仕事を頑張らないとな!』
カガリは不安そうにする2人にそう言って出かけたのだ。
それがこんなことになるなんて。

「手術は無事成功したんだけど、目を覚まさないんだ・・・頭を強く打ってるらしくて・・・今、エリカさんがついてる」

「・・・・・」
アスランは顔を強張らせると、すぐに違う感情が湧き出てきた。

後悔。
それしかなかった。
自分がカガリについていっていれば守れたかもしれない。
カガリを守る。
なによりもそれが優先事項だったのに、最近は国も落ち着きを取り戻し、争いがなかったため、油断していたのだ。

「・・・・入ってもいいか・・・?」
小さくつぶやく。
入ってはいけない気さえしていた。
「もちろん・・・・」
キラは辛そうに微笑む。
きっと同じ気持ちなのだろう・・

ドアを開けると、そこには体中に包帯を巻かれたカガリがいた。
痛々しい・・・
頭にもかなりの傷を負ったらしく、キレイな蜜色は少ししか覗いていない。

「アスラン君」
エリカはアスランに気づきそっと席を立つと、椅子に誘導するかのように脇にそれた。
アスランはそれを見ると、カガリの横にある椅子に座った。

そっと、カガリの頬に手を添える。
カガリは苦しそうな呼吸を繰り返すだけで反応はない。

「銃撃した人が言ってたらしいわ」
病室に響くエリカの声。
アスランはぴくんと反応するが振り向かなかった。
「何が平和だ。コーディネータなど認めない、あんな化け物、人間ではない・・だって」

「・・・そうですか・・・」
なぜ人は同じ過ちを繰り返すのだろう。
どうして分からないのか、憎しみでは何も解決しない。
それにカガリのことなど何も知りもしないで、憎んで、殺そうとして・・・

「私は先生のところに行って来るわね」
押し黙ったアスランを見てエリカは言った。
「・・はい・・・」

その後もカガリは目を覚まさなかった。

「アスラン・・もう帰ろう・・先生もついててくれるから」
カガリの側に付き添い、ずっとアスランはカガリを見つめていた。
何も言わず、ずっとカガリだけを見つめていたのだ。

時間はもう面会時間終了をさしている。
キラは仕方なくアスランに声をかけたのだ。

「・・・・・・・・」
しかしアスランからの返事はない。
キラは困ったようにため息をついた。

「君も休まないと・・このままここにいるわけにもいかないでしょ」
「・・・・・・・・カガリだって苦しんでるのに・・・」
ポツリとアスランが言った。
「カガリは目を覚ますよ・・だから目が覚めたときに安心できるよう仕事をしよう。
とりあえず長期休暇ってことにするらしいから・・」

「カガリが目覚めるって保障がどこにあるんだよ!!!」

アスランの怒鳴るような声にキラは思わず息を呑む。

「こんなに傷だらけになって、1人になんかしてられるか!」
アスランは座ったままキラを睨みつける。

「保証はないよ・・・でも、そう信じてる」
「俺だって信じてるさ!でも、こんなっっっ」
押し殺したような声。
分かっている・・・キラだって苦しんでいる。
こんな子供みたいな俺の態度は間違っている。
でも・・不安で苦しくて、自分の中だけでは押しとどめられなかった。

「カガリさんが驚かれますわよ」
その声に2人は扉の方を見た。
「ラクス・・・」
ラクスはにこりと笑うと、カガリの側へと歩んだ。
痛々しいその姿に思わず眉を歪めるが、厳しい表情に戻し、アスランを見た。

「貴方がしっかりしなくてどうなさるのです。カガリさんは貴方を信頼しています。
自分が今できないことを貴方ならやってくれると信じているはずです」

アスランは諭すようなラクスの言葉に俯く。
彼女はいつも俺を間違った方向から正してくれる。
だが、今は自分の感情の方が大きかった。

「考えるほど不安になる・・・もしこのままカガリがいなくなったらどうする?
少しでも彼女の側にいれば良かったと思うだろ・・・
目を覚ましたときに俺たちがいなかったら不安かもしれない・・」
カガリを見つめている間、そんなことがぐるぐるとめどなく回っていた。
いい考えから悪い考えへ、悪い考えからいい考えへ

『頭ハツカネズミになってないか?』
カガリの言葉が蘇る。
「いいよ・・ハツカネズミでもなんでも・・・君が俺にそういってくれるんなら・・それだけでいいんだ・・・」

「アスラン・・・」
あまりに憔悴した彼に2人は声をかけられなくなる。
アスランにとってどれほどカガリが大事か・・・
自分たちだって、カガリはかけがえにない存在で失うことなど考えられない。
だが、アスランにとっては生きるということがカガリに繋がっているのかもしれない。


「ですがアスラン・・・」
ラクスが思い切ったように話しはじめる。
「どこにいてもカガリさんを思う気持ちは同じでしょう?なら、カガリさんが望んでいることをして差し上げるのが1番いいと思いますわ」
「カガリが望んでること?」
アスランはラクスに顔を向ける。
「はい。この国をオーブを守りたい。みんなが幸せになれるように・・それがカガリさんの望みです」

カガリの望み・・・

「だったら僕は軍人としてするべきことをするよ。カガリへの想いは深いからね。
離れていても側にいなくても感じられるんだ。だからきっとカガリだって・・・」

どこにいったって離れていても想いは同じ・・・

「ああ・・・そうだな・・俺の想いは何があったって変わりはしない」

いつものアスランの表情だ。
キラはほっとした。
このままではアスランまでも抜け殻になってしまうのではないかと正直、不安だったのだ。


「カガリ、明日も来るから早く良くなれよ」
アスランはそういうと、カガリの瞼にキスをした。

覚めますように・・・・どうか・・・
そう、心で願いながら。




毎日アスランは病院に向かった。
仕事に行く前、後。
期待しながら扉を開く。
しかしそこには今だ眠り姫の姿があった。

「カガリ、今日はいい報告があるんだ」
病院に通って1週間目。
1日1日が長く感じる。

「気にしてた同盟締結の件、上手くいったよ」
『ほんとか!?』
「代表が不在でも何とかなったよ」
『そりゃ、アスランは優秀だからな!』
「カガリがいればもっと早かったんだろうけど、相手側も会いたがってたよ、カガリに」
『そうか』
「元気になったら挨拶に行かないとな」
『ああ!』

カガリの声が聞こえる・・・・・
元気なカガリの声・・・
でも

「本当の声が聞きたいよ・・・」
悲しそうにカガリの頬に手を当てる。

そのとき、ピクンとカガリの瞼が動いた。

「・・・・・・・・カガリ・・・・・・・?」
胸が痛い。
信じたい、目を覚ますと・・・・どうか・・・

「ん・・・・・・」
カガリは眉を苦しそうにしかめると、ゆっくりと瞼を持ち上げる。

「カ・・・・・・・・・ッッ」
胸が熱くなる。
なんだろう・・生きているって実感が内から沸いて来た。

「アスラン、カガリはどう?」
カチャリとドアを開けキラが入ってくる。

しかし、カガリに目を向けた瞬間、キラは後ずさりながら目を輝かせた。
「ほんと・・・カガリ・・?」


「ん・・・?キ・・・ラ・・・・・・」
その声にカガリが反応する。

「カガリ!!!」
アスランは今にもこぼれそうな瞳でカガリを見つめた。
カガリがキラの名を先に呼んだことなどどうでもいい。
どうか、俺の名前も呼んでくれ・・・
その愛しい声で・・・生きてるって・・・


「・・・・お・・前・・・誰・・だ?」

病室の中は氷に包まれる。

「・・・カガ・・リ・・?何言ってるんだ・・・?」

「私・・・どうしたんだろう・・・」

「カガリ・・・」
キラがゆっくり近づく、横目でその人物を確認すると
「・・キラ・・」
とカガリが言った。

では・・俺は?

「カガリ、アスラン毎日来てたんだよ?」

「アスラン・・・って・・・誰?」



何かを恨めばいいのか、何かを変えればいいのか?

そこにあるのは後悔、絶望、疑問。

俺はどうしたらいい?

君は俺が分からない・・・

どうして?

俺は知らない・・・

カガリは眉をしかめたままアスランを見ていた。



あとがき
本編初、短編連載!
記憶喪失ネタです☆
私ってアスランいじめるの好きかもしれない・・・。