あの後、俺達はいろんなことを話し合った。

この世界のこと、鈴のこと、ラクスのこと。

「アスラン、オレもう1個気になってることがあるんだけど・・・」
それは旅支度を終え、アーサーさんに礼を言って砂漠へと向かいだした道中だった。
「なんだ?」
シンはアスランに隣に行くように小走りをした。

「オレが勇者だって言った時・・驚いたよな?あれなんでだ?」

そういえば・・・驚いた・・か?
いろいろなことがあって、正直こと細かく自分が何を言ったか覚えていない部分もある。
それは人間として当然のことだ。
だが・・それには心当たりがあった。

「勇者については言い伝えがあるんだ」
「言い伝え?」

「ラクスから聞いたんだが、この世界には勇者がいて、もしこの世界が崩れるようなことがあれば
彼らが道を切り開くであろう・・そんなことを言っていたかな?」

ラクスは詳しいことは言わなかった。
だが彼女が攫われ、勇者という人物、シンとであった。
それは偶然でなく必然に思えた。

「ラクス皇女は何でそんなことまでわかるんだ?」
シンは後ろにいるカガリに合わせ歩調を遅める。

「・・さぁ・・俺は彼女じゃないし・・」
アスランはすっぱりと答えた。

「それはそうだけど、結婚する人なんだろ?」
一呼吸置いてシンは問う。
「ああ」
「・・・だったらいろいろ話すんじゃないのか?だって・・・相手のこと知りたいだろ?」
分からない・・・といった表情でシンは続けた。

相手のことを知りたい?
まぁ・・多少のことは聞いたが・・・そこまで知りたいわけでもなかった。

「アスランはどうしてラクス皇女と結婚するんだ?」

「?だからこの国を守る子を・・・」
作るため。
それを口にするのは少し恥ずかしい気がした。

「オレ分かんないや!」

シンはぴよんと1つ前に出る。

「だって、好きでもない人と結婚するってことだろ?そんな2人の間に出来た子供がこの国を守るなんて変じゃないか?」

シンの言葉にアスランは何かが頭の中ではじけた気がした。
絡んだ線が外れたというか・・とにかくそんな感じだった。


初めて彼女に会った時、彼女は祭壇で歌っていた。
ただひたすら歌っていた。
なぜこんなに歌うのだろう?
何回かで良いのに・・・
そう思った。
子供だったからか彼女にそのまま聞いたことがある。
「何でそんなに歌うんだ?」
と・・・。
彼女は笑って答えた。

「私はそのために生まれてきたのですから・・・」

そのために生まれてきた。
ラクスは歌うためだけに生まれてきたんだ。
彼女の両親は俺とラクスのような関係だったろう。
世界の為とお互いが信じ、決められたままラクスを産んだ。
それは・・・子供にとってどうなんだろう?

ラクスは歌うため、そして役目を終えるとき代わりになる子を宿すためにこの世に生を受けた。
誰もに必要とされる存在。
しかし、誰にも必要とされない存在。
それはコインのように表裏で繋がっていた。

「おかしい・・・」
望まれて生まれたはずなのにそれは望まれていないのかもしれない。
1番尊いとされながら本当のところは1番愛されていないのかもしれない・・・
本当の意味で・・・

アスランは今まで信じてきたことが崩れていく気がした。

当たり前だと思っていたのは目を閉ざしていたから。
それを開いてくれる人がいればこの世の中は全く違う見方ができる。

「シン・・・お前すごいな・・・」
「?」
感心したアスランの瞳がシンに向けられる。
しかし当然ながらシンにはその意味が分からない。
口をへの字にして首をかしげていた。




デスティニークエスト〜砂漠のトラ〜





「わああああああ!!」
目の前に広がるのは広大な砂漠。
カガリのみならず全員が初めて見る光景だった。

「砂漠ってこうなってるんだ!」
シンは下とにある砂を両手ですくう。
それは眩しい太陽の光をまといながら流れ落ちていく。


「アスラン、ほら綺麗だろ!」
カガリは流れ落ちる砂をアスランに見えるようにした。
キラキラ輝く砂の向こうにはカガリの眩しい笑顔。

シンのおかげもあるが・・・きっかけをくれたのはやっぱり・・・
アスランは目を細めカガリを見る。
うれしそうに砂をすくい続けるカガリ。
まるで子供のように・・・

「あんまりすると火傷するぞ」
そっと砂をすくおうとしたカガリの手を止める。
「でも綺麗だろ?」
「ああ」
ニカッと笑うカガリにアスランもつられて笑う。

「よかった!!」
カガリは急に立ち上がる。
アスランは視界がカガリの足になり、思わず目をそらした。
「アスラン!これからも一緒に笑おうな!」
カガリはそう言うと砂にダイブしているシンの元に駆け寄る。

「・・・なんだ・・・?」
1人呟くアスラン。
「ここ最近暗い顔ばっかだったからね。心配してたんじゃないのかい?」
ユウナは砂に手を近付けると、カガリが落としたのであろう、髪飾りを拾う。
「暗い・・・」
ああ・・そういえばいろいろ考えてたから・・・
「よく見てるよ」
ユウナはそう言うとカガリの元へ行き、飾りを頭につけてやる。
アスランは遠めにそれを見ていた。

それで・・俺の事を聞いたのか・・・?

カガリ・・・
アスランの胸の中は暖かい気持ちで溢れていた。
誰かが自分を心配してくれている。
気付かなくてもきっといてくれる。

ラクスにもいるはずだ・・・きっと・・・




「砂漠まで来たか・・・」
「はい。どういたしましょう?」
「困ったものだね。諦めてくれればいいものを・・・」
デュランダルは困ったといいながらも口元に笑みを浮かべている。
「殺したくはないのだがね」
「しかし・・・」
「だが、もう始る。私達が始めるのだよ・・・」
柱の影からミーアが出てくる。
ミーアはいつもとは違う服をまとっていた。
黒い・・・暗黒のようなドレス。

「デュランダル、準備が出来たわ」
「ああ・・ミーア」
デュランダルは席を立つとミーアに近づき
そっと髪を撫でるようにして微笑みかけた。
「君が歌えばこの世界は変わるんだよ。君の歌声がこの世界を変える」
ミーアは刹那、俯くようにしたがすぐに真っ直ぐな瞳をデュランダルに向ける。
「全ての人が必要とされるんでしょ?」
「ああ、そうだよ。君が壊した世界を私が再生するんだ」

そう・・・彼が新しい世界を作る。
その世界では全ての人が必要とされる。
私みたいな人もいなくなる・・・

そう。これは復讐でもあり、私の夢。

ミーアは奥の間へと歩き始めた。




「は・・・・はしゃぎすぎた・・・」
シンは木陰で息を荒くしている。
強い日差しの中、砂漠の砂にダイブしていたのだ、当然である。
「まあこれで分かっただろ?砂漠の怖さが」
アスランはやれやれといった表情でシンを見る。

「さ、行くぞ」
「え!?」
アスランの容赦ない言葉にシンはあからさまに嫌な顔をする。
ちょっとぐらい・・・休みたい・・・
と思いながらも立ち上がる。

「シン大丈夫か?」
カガリがそんなシンに声をかけるが、
「全然平気!」
シンは強がるようににっと笑い返した。


「砂漠のトラ」
それ以前に砂漠は厳しいものだった。
影など見渡す限りどこにもない。
それどころか見渡す限り同じ景色、方向感覚などなくなってしまう。

誰1人声を発せずただ歩いていた。
話せばそれだけ体力が落ちる。
しかし話さないは話さないでなんだか疲労が増す気がする。

「なぁ・・ラクス皇女を助けたらアスランはどうするんだ?」
口を開いたのはシンだった。
その言葉にカガリがぴくっと反応する。

「・・・・」
どうする・・・?
どうするんだろう・・・俺は

ラクスを助けて、何もなかったように結婚する。
そんなの・・・・出来ない。
シンに言われたこと。
それは俺にとってもラクスにとっても重要なことなのかもしれない。
ラクスが歌わなければこの世界はどうなるか分からない。
だが、誰かを犠牲にして何かを守るという行為は矛盾している気がする。

もし、愛する人との子供にラクスと同じことが与えられたら・・・
仕方ないといって諦めるものの、胸は裂けるほど痛いだろう。
しかしその痛みで多くの人が救われる。
いや・・・ダメだ・・・違う・・・

間違ってるんだ・・・・

「どうすればいいか・・・分からない・・・」
そんなことを考えたが行き着く答えはなかった。

「・・・分からなくていいんだよ・・・」
その声に隣にカガリがいることに気付く。
「分からないからいいんだろ?決まった道を歩くなんてつまらないじゃないか・・・
迷ったら・・・そのとき考えればいい・・・考えて考えてだした答えならきっと間違ってない」
「・・・・そうか・・・・」
「私は旅に出てよかったと思ってる。成り行きでこうなったとはいえ、アスランにも・・・会えたし・・・」
最後の方、カガリは聞こえるか聞こえないか程度の声で言う。

暑さのせいだけではない赤みがカガリの顔を染めていく。

「カガリ、大丈夫?」
そんなカガリをシンは心配そうに見る。
「何が?」
「いや・・顔がかなり赤いから・・・」
「あ!当たり前だろ!!こんなに太陽が照り付けてるんだから!!」
カガリは更に顔を赤くする。

わっ・・なんか・・視線を感じる・・・・
視線、アスランだと思われる視線・・・
やめろ・・・見るなよ・・・は・・恥ずかしい・・・
カガリの体は固まってしまう。
顔はますます真っ赤になる。

ドーーーン

そんんなカガリの背後で大きな音がする。

「わっ!?」

思わずカガリは飛び跳ねた。
「・・・もしかしてお出まし?」
シンは苦笑いで
「・・砂漠のトラか・・・」
アスランはため息で気分を切りかえる。

地鳴りのした場所はここから数百メートル先、しかし、何もない砂漠ではすぐ近くにも感じた。
砂が盛り上がりながらさらさらと落ちていく。

「なんだか・・大きそうだね・・」
ユウナはその光景を暑そうに見ていた。

そう、大きいのだ。

「おーい・・あれはなんだ?」
目の前に現れたのは巨大な・・・トラ?

「ってか、トラじゃん!やっぱまんまトラじゃん!!」
シンは激しく突っ込んだ。

彼らの目の前にいるのは黄色い体に黒いラインが入った巨大な塊。
トラとは思えなくもないが、とにかくその大きさに1同は驚く。

さらさらと砂を落としながらその巨大な物体は地上へと姿を現した。
「カガリ・・・後ろにいろ」
アスランはカガリに手を添えると押すようにして後ろへ下がらせる。

「・・アスラン・・・っていうか・・・あれなんなんだ?魔物?」
大きさへの恐怖はあるもののそれが何か分からないため、動きようがなかった。
カガリだけでなくシンもユウナも見ていることしかできない。


「・・・・魔物・・ではないだろうが・・」
生命というか・・そういうものを感じない。
なんだったかな・・どちらかというと・・・
アスランは遠い記憶を思い出す。

『アスラン、すごいだろ』
父が見せてくれたのは木で出来たおもちゃ。
それは自動で動く面白いものだった。
レバーを動かすと右に左に方向転換するのだ。

それに近い・・気がする・・・

しかし大きさの規模が桁違いだ。


「やあやあやあ!」

「「「「!?」」」」
辺り一面に軽やかな男の声が響く。

どうやらその声はどでかい物体から聞こえるようだ。

「え?あれって人が乗ってんのか?」
シンは驚いたように目を凝らした。
どでかい物体の1番上に小さく人の姿が見える。

「うっとおしいねぇ・・・蜃気楼なら楽なんだけど・・」
「蜃気楼?」
聞きなれない言葉にカガリはユウナを見る。
「砂漠では疲れた旅人があるはずのない幻影を見るんだよ。水が欲しいって思えばオアシスが見える」
「便利だな」
そんなことが出来るのか・・・

「いや違う、違う」
カガリは納得しているが多分ちょっと違う感じで納得しているのだとアスランはカガリ見る。
そんなアスランにカガリは「ん?」と答えた。
「実際にはないんだぞ。なんていうか・・・えっと・・・」
カガリにわかりやす言い方はないだろうか・・・
アスランは考え込む。

「あれだ、アスラン!気のせいってやつ」
思いついたとばかりにシンがうれしそうに言う。
「そうだな。気のせいだ、だから本当には無いんだ」
「ないんだ・・・役に立たないじゃないか」
「あはは。カガリはおかしいね〜」
ユウナはすっとぼけたカガリに笑う。
なぜかわきあい合いとしている一同。

当然のことながら

「こらこら君たち、人を無視してはいけないよ」
米粒みたいな人が怒った。

「で、あれは本物なのか?」
カガリは米粒を指差す。
「「「本物」」」
3人は同時に返した。

「さて、本題に入ろうかね」
声色が変わる。
アスランとシンはすぐさま鈴を手に持った。

「有り金すべて置いていけば何もしない、だが、抵抗するなら容赦はしない」
そう言うとその男は黄色い物体から飛び降りる。

「どうする?」
降りて来るとその人物の全体像が見えた。

茶色い髪をもつ男の人。
この人が砂漠のトラ?ってことか・・?

「そう。私が砂漠のトラだよ」

シンの疑問に男が答える。

アスランはシンより前に出ると剣を手にした。

「俺たちは先を急いでいる。できれば面倒なことに関りたくない」
「もちろん私もだよ」
男はにっと薄笑いを浮かべた。


どうするべきか・・・
アスランは考えていた。
金を渡してグラディスさんの言っていた通路を使うか、ここで戦うか・・・。
戦う・・・のは・・・
後ろにいるカガリの視線を感じる。
なるべくなら危ない道を渡るべきではないだろう。
しかし、商人の足とも言うべき道を俺たちが使うのも気が引ける。
そのぐらい彼らにとってこれは重要な秘密なのだ。
アスランは懐にしまってある地図に服の上からそっと手を触れる。

簡単に受け取ったが使うとなれば罪悪感を感じる。

「戦うのかな?」
男は背中からヤリを取り出す。

シンも慌てて鈴を剣に変えた。

「・・・変わったものを持ってるね・・・それでもいいけど・・・」
男はチャッとヤリの切っ先をアスランに向ける。
緊迫した空気が流れる。


「隊長〜〜〜っっ」
そのとき、なんとも情けない声が聞こえてきた。

「・・おいおいなんだ・・これからだって時に・・・」
男はやれやれと息を吐きながら後ろに振り返る。
そこに1人の男が走ってきた。
「どうしたんだ ダコスタ?」

はぁはぁと息を切らしながら走って来た男は
「大変なんです!空・・あっちの空がっっ」
ダコスタは何かを伝えたいのだろうが言葉ではそれが伝えきれないため、空を指差す。
その場にいた全員はダコスタの指した空を見る。

「・・・・おい・・・・なんだ・・あれは・・・」
砂漠のトラは驚きの声を上げる。



ダコスタの指差した空は赤黒く染まっていた。
見たこともなく、ありえないような空の色。

「・・なんだよ・・・・あれ・・・」
シンは瞬きも出来ずその空を見つめる。
赤黒い空は徐々に近づいているように見えた。

「黒いの・・・違う・・・あれ・・・・魔物だ!!」
カガリが切り裂くような声を上げる。
「魔物?」
カガリにそう言われ、目を凝らし黒い部分を見る。

それは小さな小さな点の塊。
いや・・・・魔物の大群だ。


「マジかよ・・・」
思わずシンの口から漏れる言葉。

「ここにいると危ないな・・・」
砂漠のトラは軽く舌打ちをするとヤリをしまう。

と、アスランたちのほうを見る。

「・・・?・・」
アスランはトラの視線を受け止めた。
眉をひそめながら。

「君達も来るといい。このままここにいたら死ぬだろうからな」

「・・・え・・」
「早くしろ!!」
聞き返す間もなくトラは巨大な物体に戻って行く。

「・・・・行くぞ・・・」
「アスラン・・・でもっっ」
カガリが悲痛な顔をしている。

俺たちのことではない。
多分、村や町にいる人たちのことを心配しているのだろう。

「ここで俺たちは倒れるわけにはいかないだろ?」
カガリはそれでも不安そうな瞳を向けていた。

「カガリ」
「行くよ」
シンとユウナからも声がかかる。

「・・・うん・・・」
カガリは小さく返事をするとアスランと共に走り出した。





あとがき
トラさん登場☆
使いこなせるだろうか・・・この方を・・・