薄暗い部屋の中、シンはカガリの頭を撫でる。
柔らかい髪はふわりと手から流れ落ちた。
「また・・・必ず戻ってくるから・・・カガリも頑張って・・・」
シンは寝息を立てるカガリにそっと呟く。
必ず生きて帰るから・・・・・
パタンと戸の閉まる音が寂しく響いた。
「気をつけて」
アスランはシンに声をかける。
「ああ、行ってくる!」
シンは笑顔でそう言った。
バルトフェルドさんの用意したのは見慣れない乗り物。
よく分からないけど、これに乗って行けば早くつけるらしい。
シンは身なりを戦闘用に整えたベルトフェルドの後をついていく。
通りすがり、開いた扉の中にユウナの姿が見える。
片手を挙げ口元は上がっていた。
心配するな。
そう言っているようだった。
シンはそれを見て軽く頷くとこれから起こるであろう戦闘に体を引き締めた。
デスティニークエスト〜それぞれの決意〜
「寂しいけど仕方ないよ」
「だけど・・・」
懐かしい夢、そこには幼い頃のカガリと1人の男の子がいた。
2人は別れを惜しむように見つめ合っている。
「ずっと一緒だと思ってたのに・・・」
「ずっと一緒だよ。離れていても僕はカガリのことを想っているしカガリもでしょ?」
そうだけど・・・と、カガリは消え入りそうな声で言った。
そんなカガリの頭を男の子は優しく撫でる。
「大きくなったらまた一緒に暮らせるよ。それまでの辛抱だよ」
そう言って男の子はカガリに背を向ける。
それまでってどれくらい?
私は今一緒にいたいのに・・・
瞳を潤ませるカガリを背に人影はどんどん遠くなっていく。
「行かないで!!」
カガリは思わず走り出していた。
「置いていかないで!!一緒にいたい!!」
どんなに叫んでも男の子は振り返らない。
姿はどんどん小さくなっていく。
カガリは小さな手をめいいっぱい伸ばし捕まえようとするが悲しいぐらいにそれは意味を成していなかった。
「わっっ」
つまづき体を地に叩きつける。
「ひ・・・うっっ・・・・・」
俯いたまま嗚咽のような声がでる。
「行かないで!!!!!!」
はっ・・・・
急に視界が現実的になる。
呼吸が・・・苦しい・・・・
カガリは細かく息をしている。
吸っても吸っても体に酸素が入ってこないみたいだ。
「はっ・・はっ・・・はっ・・・」
固まった体が酸素を求めるように弾く。
今のは・・・夢・・・
「ゆっくり吸って・・・大丈夫だから・・・」
隣から優しい声が聞こえてくる。
カガリはその声のまま大きく息を吸い込んだ。
「・・・っ・・はぁ・・・・・・・」
体から力が抜ける。
「・・・アスラン・・・」
ベッドの脇にはアスランは腰を下ろしていた。
「うなされてた・・・・」
アスランは悲しそうに微笑むと、カガリの額に手を当てる。
「・・気持ちい・・・」
ヒタリと当たるアスランの手は火照った体を冷ましてくれるようだった。
久しぶりにあの時の夢を見た・・・。
悲しい・・・記憶。
カガリはぎゅっと瞳を閉じる。
今はそんなこと考えてる場合じゃない・・・
カガリは頭を現実へと引き戻すようにもう1度大きく息を吸った。。
「・・あれからどうなったんだ?」
そして、精気の戻った瞳でアスランを見る。
「ミリィとはあの後少し話した。良く分からないが、あれは通信機というものらしい」
「通信機?ああ、ミリィの声がしてた変な物体か」
「ああ・・・世の中は変わっていくんだな・・・」
アスランのその言葉には影があった。
自分に問いかけるようなそんな印象を与えていた。
変わって欲しいか変わって欲しくないか。
俺にはそれすら分からない・・・
「生きてるんだ。生きてる人が世界を創るんだろ、変わって当たり前じゃないか・・・っと・・」
カガリは体を起こす。
アスランは支えるようにしてカガリの背に手を当てた。
「シンは?」
「・・・無理しないでいい、寝てろ」
アスランはその質問に答えない。
答えにくい何かがある。
カガリはすぐにそれが分かった。
「ま・・・まさか・・・・」
嫌な予感がする。
だが、そうとしか考えられない・・・
「・・・シンはプラント城に向かったよ」
血の気が引いた。
あんな数の魔物を相手にする気なのか!?
シン・・・・シンが!!
カガリに浮かんだのはシンの勝気な笑顔。
大切な大切な人。
「っ何で行かせたんだ!!」
カガリはぐっとアスランの襟元を掴む。
「それがいいと思った。バルトフェルドさん達も一緒だ」
そんな・・・そんなっっ
カガリは体を勢い良く起こそうと手に力を入れる。
「どうする気だ!?」
そんなカガリの腕をアスランは掴む。
「私も行くんだよ!シンだけになんて行かせられるか!!!」
「お前が行ってどうなる!!足手まといになるだけだろ!!」
「それでもシンだけに・・」
「カガリ!!!!」
アスランの声にカガリは体を震わせる。
「だ・・・だって・・・・シンは・・・きょうだいみたいな奴で・・私にとってすごく・・大事な奴なんだ・・・」
途切れ途切れに言いながらカガリの瞳からは涙が零れる。
「・・分かってる・・・だがシンは守る為に行った。そして帰って来ると言ったんだ」
「・・帰ってくる・・・?」
「そうだ。シンは帰ってくる・・必ず」
見つめるアスランの瞳に嘘は感じられなかった。
本当に信じているんだ・・・帰ってくるって・・・・
「俺たちは暗黒魔城に向かう。世界を救うために・・・」
心にかかる不安・・でも私を信じよう・・・
シンを・・自分を・・・
「分かった・・・・」
アスランはその言葉を聞くとほっと息をつく。
カガリは俯いたまま、止まらない涙を何とか堪えようとしていた。
「・・・・・シンに・・・」
「え?」
シンという言葉にカガリは思わず顔を上げる。
「カガリを守るよう言われたよ・・」
「・・・守らなくていいぞ・・私だって戦えるんだ」
言葉から怒っているのが分かる。
「分かってる・・・シンに言われたからとかじゃなくて・・・その・・・」
「・・?」
アスランにしては切れの悪い言葉。
カガリは首をかしげアスランを見た。
アスランは恥ずかしそうに視線を宙に漂わせるとカガリを見た。
「俺がカガリを守るから・・・守りたいんだ・・・」
「・・・あ・・・・え・・・?」
あまりに真剣なアスランの表情・・・真剣というか、どこか照れているような・・・。
「そ・・そうか、すまないな」
空気に耐えられなくなったのかカガリは頭をかいた。
「ああ・・・」
アスランもそんなカガリを見て笑った。
薄暗い地下。
そこがどこなのかは分からない。
ただ、グラディスさんの言っていた通路が頭に浮かんでいた。
よく分からないモノに乗り、オレはプラント城に向かっていた。
ゴオオオオという音をこの乗り物は出しながらすごいスピードで走っている。
耳障りだと思いながらもシンはその速さに驚いていた。
「・・・あの・・・バルトフェルドさん・・・」
「なんだ?」
もうすぐ決戦が始まるかもしれないのにバルトフェルドは緊張した様子も怖がっている様子もない。
「この道は・・・?」
「秘密の通路ってことろかな」
それはやはりグラディスさんの言った名前と同じで・・・
「もしかして・・・グラディスさんって知ってる?」
砂漠のトラと商人は敵対関係に近いだろう。
だが、この、砂漠の下に秘密の通路が2本もあるとは思えない。
というか、そんなに作れないだろ?
「彼女と会ったのか?」
答えは知っているということを示していた。
「砂漠に入る前・・・危険だって教えてくれたんだ。それで・・その・・・・多分ここのことだと思うんだけど・・・」
「ああ、秘密の通路のことを教えてくれたのか」
「・・はい・・・」
「僕達は商人達と仲が悪いわけではないんだよ」
「は?」
「利害が一致したのさ。砂漠では商人を襲う盗賊が出ていた。それを抑制する為に雇われたってわけさ」
シンはその言葉を頭の中で理解しようと考え込む。
それって・・・・バルトフェルドさんたちは『盗賊』なんかではなく、盗賊の振りをした・・・
はっと気付きシンはバルトフェルドを見上げる。
「そういうこと」
そんなシンにバルトフェルドは笑って見せた。
皆が生きるために・・・・平和に生きるために戦ってるんだ・・・
どんな些細なことであろうと・・・
それはラクスの力ではなく、彼ら自身の力・・・
シンは自分の考えが間違っていないことを再認識する。
実のところそれが正しいのかなんて分からない。
だが、その想いはきっと力に姿を変えてくれるから。
握り締めた拳を見ながらシンの頭にはカガリ・・アスラン・・母や父の姿が浮かんでいた。
守りたい!
それも力になる!
「少年。そろそろ着くぞ」
バルトフェルドからは先ほどまでとは違うものが漂っていた。
話し方は変わらないが、彼の瞳には強い信念がこもっていた。
シンは深く頷くと鈴を握り締める。
「一気に上まであがる。すぐに敵と遭遇すると思うが・・・」
「準備は出来てる」
シンの瞳は赤く揺らいでいた。
それは決意の証。
「・・・忘れるなよ。守るために戦うんだ。何があったとしても・・それは忘れるな」
「分かってる!」
守るためにここに来たんだ。
カガリを・・・アスランの城を守りたい。
バルトフェルドが片手を上げたのを合図に彼らを乗せたものは急浮上を始めた。
「うっ・・・」
それは土を削りながら上がっているのか激しい衝撃と痛みを伴った。
「行くぞ!!」
「はい!」
ギシ・・・
ベットは軋む音を鳴らす。
少し・・・良くなった気がする・・・
カガリは体を起こし、そっと外を眺める。
こうしている間にもシンは戦っている。
私もこんなことをしている場合じゃない・・・
敵の本拠地、暗黒魔城に向かわないと・・・
「何してるんだ!?」
ちょうど扉を開けたアスランはカガリが起き上がっていることに気づき慌てて中へと駆け入る。
「何って・・・出発の準備だよ」
カガリは淡々と作業を進める。
横に置かれていた服を手に取り着替えようとする。
バルトフェルドさんが用意してくれた服だ。
ここを抜けると氷の国。
今までの服では凍え死んでしまう。
「ちょっと待て・・・お前まだ・・」
「平気だ!今はもう気分いいし・・・」
なぜ具合がが悪くなったのかも分からない。
ただ・・・一気にいろんなものが流れ込んだ気がして・・
でも今はいつも通り。
元気な私だ。
カガリはアスランの心配をよそに服を脱ごうと・・
「わあああっっカガリ!!」
アスランはそんなカガリに気付くと慌てて後ろに向く。
「着替えるからでてってくれ」
その声には何にも動かされない決意があった。
しばらくその場にいたアスランだがすぅっと大きく息を吸うのが分かった。
「無理はするな。俺が守るから・・・危ないと思ったらすぐに逃げろ」
「仲間をおいて逃げるなんて出来るか」
「仲間だからじゃない。カガリには・・・生きててほしいんだ・・・」
優しい声色。
カガリはそっと目を閉じる。
「死なせないから・・お前も・・・」
「・・・そうか・・・」
アスランはそう言って部屋から出て行った。
「よし!」
カガリは完全防備で部屋の前に立つ。
「カガリ・・ここはまだ砂漠だよ」
「あ!そうか!!」
ユウナの突っ込みにカガリはそうだと上着を脱ぐ。
視線を感じる。
アスランが自分を見ているのが分かった。
しばらくその視線を浴びるとカガリは輝く瞳を持ち、顔を上げる。
「行こう!みんなの為に、自分の為に!」
「「ああ」」
ユウナとアスランはそんなカガリに大きく手を振りかざした。
3人の手はパシンといい音をはじき出した。
あとがき